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番組の途中ですがアラサー女子の妄想ウケ狙いの漫画に二言三言。

『東京タラレバ娘』(『Kiss』2014年5月号~)という東村アキコさんの漫画があります。アラサー女子の内臓を抉るタイプの漫画として人気と阿鼻叫喚を博しています。ぼくも好きです。コメディとして傑作で、三人娘の個性が際立ってていいですよね。あとタラとレバを産み出しただけでも語り継がれていい……強いて言うならバンギャの子と不倫の子はちょっと設定力入ってない気がするんですけど、まあ大事なのは倫子ですよね。33歳の女があるとき20歳前後のイケメンモデルに出会って恋なのかよくわからない関係のまま一度寝ちゃって……っていうのは妄想設定って感じですけど、この漫画のばあいはその妄想に対するパロディみたいになってるわけですよね。そのイケメンが事あるごとに少女漫画みたいなこと言ってんじゃねえと倫子を批判してゆく。

藤村真理さんの『きょうは会社休みます。』(『Cocohana』2012年1月号~)は綾瀬はるか主演でドラマ化されたときけっこう話題になりましたけど、ドラマってちょっとチープなキャラ付けをしちゃうところがあって、このばあいは「こじらせ女」なんですよね。各回のタイトルに「こじらせ女の~」ってついてる。アラサー(33歳)で彼氏いない歴=年齢の処女だったらそりゃ確かにこじらせてても仕方ない。でも本当はこの漫画のヒロイン全然こじらせ系じゃないんですよね。確か大学のとき憧れの先輩に一度ホテルに誘われたけど勇気なく、その後その失敗を未練にしながらずるずると……とかいう話だったと思いますが。それが大学生の爽やか青年とある日酒飲んだ勢いで寝てしまう。記憶ないけど処女喪失。あーそれで恋愛始まっちゃうんだよコレ。一回り年上の女性(年上もイケるみたいな設定はある)の若干面倒な性格も包容しつつ、一度もブレない感じの一途な愛。一緒にすもっか、から、結婚しよっか、までトントン拍子。ところがアラサー女子の妄想はそれでは満足できない。この同じヒロインを好きになる俺様系の男が現れる。会社の社長やってて一回倒産させるけどすぐにまた新しい事業を始める、リーダーシップあり、金あり、教養ありの持てる者がやたらとこのヒロインに興味を持ち、彼女を無理やり引き回し連れまわす。33歳は彼氏がいるのに、明らかに自分に好意を持っているこのメンズに引き回されるばかり。ちょっと考えてみてほしい、もし自分の彼氏をめっちゃ連れまわしてる大学生の女の子がいたらめっちゃ傷つくでしょう。なぜそこで「私彼氏いるんですみませんけど」と言えないのか、その意思のなさとなんだかんだで振り回されたいみたいな欲望が嫌い。そしてはっきりと言っておくがぼくは俺様系男子を憎悪する。許しがたい……。

最近ドラマが始まった中原アヤさんの『ダメな私に恋してください』(『YOU』2013年5月号~)。29歳の彼氏いない暦=年齢がヒロイン。癒しは年下のアイドルや男の子に貢ぐこと(100万くらい消費者金融に借金したりする)。突然会社が倒産、路頭に迷ったあげく相性最悪だった元上司が始めたレストランに賄い等欲しさでバイトし始める。まずこの漫画の表紙を書店で観た時点で、これは(俺には)ダメだなと気づく。見てくれ八巻の表紙。はっきりと言っておく、ぼくはメガネ男子が嫌いだ(漫画に出てくるやつ)。少女漫画に出てくるメガネはなぜいつも高慢ちきで軽くひとを馬鹿にしつつ素直じゃない恋心に気づいていってしまうのか。そういう要素が八巻の表紙に溢れている。そしてその期待は裏切られない。「ダメな私」はどの辺がダメかというと、恋愛経験のなさ、年下男性アイドル好みというのに加えて、頼まれたら嫌と言えない性格があって、でもまあそれ以外はそれほど悪いことばかりじゃない。容姿は少女漫画補正でかわいいので。問題はこのメガネで、元ヤン(勘弁してくれ……)で、ヤンキーの後輩たちにすごく慕われてて、だけど普通に仕事できる男で料理がめっちゃうまくてかわいい感じの料理作れるとかナメとんのか。しかも恋には一途で、昔から兄の恋人のことが好きである。ヒロインとは仲良さの裏返しの仲悪さがあるが、けっこう距離感近くて口元拭ってやったりとか色々と思わせぶりなことをして「こんなことされたら好きになっちゃうよお」みたいな感じになる。ナメてるのかと、言わせてほしい。はっきりと言っておく、メガネ割れろ。

(気付かないうちに口調が変わっている)

細田守監督作品『バケモノの子』

昨日『バケモノの子』を観に行ったのだが、帰ったあとすぐに眠くなって感想を残せなかった。何だかんだで最近毎日ブログを書いていたので、連続更新記録が途絶えて残念。ネタバレします。

 

まず音楽が前作『おおかみこどもの雨と雪』に引き継いで高木正勝だったので嬉しい。彼やAkira Kosemuraの音楽みたいなエロクトロニカ・アンビエント調の生活キラキラ音楽が好きで、一時期ジャニスでよく借りていたし、『雨と雪』のサントラはバイト先で勝手に流していた。

youtu.be

今回も文句なしだったと思う。作品の殆どは渋店街というバケモノたちの世界で展開するが、その異国風の朗らかさとすごくあっていた。一方、主題歌はミスチルの「Starting Over」だったが、ああ、ミスチルね……という感じなので、殆ど何も響かない。歌詞を見てみると、「肥大したモンスターの頭を隠し持った散弾銃で仕留める」から始まっているように、「バケモノ」という映画の本題と無関係ではない。この曲のなかでモンスターとは自意識であり、それが「虚栄心」「恐怖心」や「自尊心」と名指されているのだが、この辺は後で触れる。個人的にはアン・サリーの「おかあさんの唄」の感動を求めていたので(あの映画、殆どこの曲だけで泣かされたようなものである)、オリジナル曲が欲しかったな。

youtu.be

 

細田映画、『時をかける少女』(2006年)にはのめりこんだ。もちろん昔の角川映画のリメイクだが、2000年代の作品として見事にリメイクされていたと思う。異論の余地のない青春映画だ。

サマーウォーズ』(2009年)、夏希先輩が先輩なのに自分より年下ということに言いしれない衝撃を覚えたことを覚えている。ぼくはこの映画に批判的である。主人公の健二がウィルス流出の罪で指名手配でテレビに出たとき、親からなんの連絡もないのは何なの。都会の核家族はそんなに疎遠なものなのか。それと対照されるあの大家族を称賛的に描いてしまえる感性はぼくからほど遠い。極め付けに最後の場面で主人公が「ここに来れてよかったと思いました……」とにっこり。あほかー世界ウルルン滞在記かー。としょうもない気持ちになった。そしてあの大家族における女性の役割。女性は飯を作って当然と言わんばかりの。それで男は合戦ですよ。

次いで『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)で、角川シネマ有楽町で観たと思う。これは悪いとは言わないまでももやっとする作品で、お母さんのはなは、確か父親の葬式でもずっと笑っていたというほど感情を押し殺すのに長けた女性で、それからも子育てのなかでずっと笑いを絶やさない、素晴らしいお母さん、なのだが、その素晴らしさが怖いし、遠い、ぞっとするひとだと思う。一橋大学に通っている途中でオオカミに出会い、子を宿すことになるが(大学は中退したのか?)、彼女の人生設計がわからない。とにかく不気味だ。一橋に受かる程度の学力があって、家にはアリストテレスの全集が置いていたりして、何かしらインテリなのだが、避妊もせずに早々と子供を産む彼女は、たぶん初めから母親になりたかったのだと思うし、子供が産まれたとたんに、母親としての力みたいなものを見事に備えたのだと思う。ぼくは彼女が母親である以外の選択肢を知りたい。

 

さて、こういうわけで、細田映画に対してはあまり良い思いを抱いていない。では今回の映画はどうだったか……悪くない。というか、良かったと言ってもいいかな? くらい。この躊躇いには、これまでの作品によるバイアスもあることは否定しない。

ところで、ちょっと長く時間をかけてしまったので、今日はこれまでにして、続きは明日に。

震災ボランティア

昨日久々に思い返していたのだけれど、ぼくが震災ボランティアとして宮城県の七ヶ浜という場所で作業していたのは、2011年の5月2日から6日にかけてのこと。動機も特にあったわけではない。強いて言うなら何もしないでいる自分が嫌だっただけ。費用も企画側が食費含めほぼ担当してくれたので、殆ど観光だったとすら言っていいかもしれない。

わずか五日で何ができるというのでもない。何らかの技能を持っていたならまだしも、入れ代わり立ち代わりで五日間ひとがやってくるとすれば、被災地としても、かえって迷惑に思うものかもしれない。しかしボランティアの使命というのは、被災地の仕事をわずかなりとも手助けするだけではなくて、自分の眼で現場を見て帰り、そこで見たものを周りのひとに伝える、数十年後になっても伝えるということでもあるのではないかと思う。つまり、それは自分をできるかぎり部外者にしないための努力なのではないかと思う。

 

現地でぼくがしていたことは二つある。泥かきと在宅者訪問。

泥かきは、正面切っての肉体労働。このために買った分厚い長靴に、眼が痛まないための貸出ゴーグルなど用いて、相当の重装備で働く。津波は、多くの家を損壊したけれども、破損が少ない住居であっても、津波で浸水した建物には泥が堆積しており、そこに含まれる塩分によって木材が腐敗したり鉄鋼が錆びついたりすることがある。これを塩害という。塩害を放置しておくと、被害の少ない建物でも取り壊しをしなければならないので、早期のうちに泥を掃除しておく必要がある。そのために、家の床板をバールか何かで取り外し、シャベルで泥を掃き出す。

単純作業である。何も考えずに労働する時間には幸福があるとぼくは思う。休み時間には、地元のひとが持ってきてくれたおにぎりを食べて、それがまた嬉しい。過分にコミュニケーションをとる必要もない。たとえ自分が虚弱であっても、肉体労働であれば、一人の人間として多少は貢献できるはずである。その意味で、自分にも何かできたという感覚が得られ、ぼくは張り切った。

しかしあまり朗らかに働きすぎたのではないかという気もいまはする。ぼくがそれを善行と信じて踏み入り、一時的に解体していた家屋は、それまで誰かが住んでいた私的な領域でもある。たとえそれを長持ちさせるためであっても、家の床板がぼこぼこと取り外されてゆく姿を見るのは、大切なその領域が一時掻き消されてゆくような感覚を与えるかもしれない。少なくともぼくのほうでは、そういう配慮を抱いてもよかったはずなのだ。

もう一つの作業は在宅者の訪問であるが、これは全く捗々しくなかったように記憶している。震災から二月と経っていない時期、まだ避難所で生活している人たちが多かったが(ちなみにその避難所は我々ボランティア班が本拠地として一部利用していた)、被害が大きくなかった箇所では自宅での生活を続けている人も多い。しかし彼らのなかにも生活の不便があるかもしれない。また、避難所では様々なイベントや生活用品の支給を行っているが、十分な情報が行き渡っていないために、そこに参加する機会を逃しているかもしれない。こういう理由から、在宅者のもとに訪問して「用聞き」のようなことをしつつ、避難所について話をする、というのが趣意だったと思う。

とはいえ、ぼくが配置された地域は、どちらかというと山間のほうで、津波の被害は僅少。宮城県に「鈴木姓」が多いことを発見したくらいで(その地域殆ど鈴木さんだった。区別は○○の鈴木さん、と住んでいる場所でつけるらしい)、玄関口に何件か伺って、それでも手持無沙汰だった。というか、このときのことについてあまり記憶にもない。

それだってもちろん教訓にならないでもない。被災地というかたちで一括りにしても、一方には、二か月経ってもまだ横転したままの自動車が放置されていることに驚かされるような場所もあれば、他方では十年前から変わらないような安寧を留めている場所もある。それにもかかわらず「被災地」「被災者」と呼ばれることで、後者の地域に住んでいるひとたちが、何となく気まずいような思いをすることもあれば、時には「生き延びてしまった」ことへの負い目を感じることもあるという。それは大規模災害がもたらす複雑な心理である。そのなかでもたとえば、自分が受けた被害、見た津波について話してくれようとするひとがいて、そういう話には真剣に耳を傾けた。

作業のあとには、ボランティアのベースになっている避難所に戻り、時にはそこで被災者向けの炊き出しを分けてもらえることがある。だいたいカレーとかだったと思うが、最終日、確かきりたんぽ鍋(秋田の郷土料理だが)が出て、それがたいそう美味しかったことはよく覚えている。きりたんぽというか、鍋におにぎりを入れたようなかたちになっていた気もするが、温かくて、わがままを言っておかわりさせてほしかったものである。避難所の近くでは桜が咲いていた。五月だが、東北ではまだ咲いていたらしい。この時期東北で花見という気持ちになるのも難しかったと思うが、それでも桜は咲いていて、それが不思議な花見体験になった。

 

こういうわけで、ぼくにはもっぱら肉体労働か、玄関訪問が割り振られるくらいで、避難所の人たちとの交流を割り振られることはなかった。そのことはひょっとするとよかったのかもしれない。避難所の人たちに自分たちの生活に侵入されると思われる可能性もある、運動をしましょうと言っても何を馬鹿にしやがってと思われてしまう可能性もある。もちろん、割り振られればやれることをするまでだが。それに、同じボランティア・グループの人たちのなかでは、そちらを担当して、感謝され、とても嬉しかったと泣いていたひともあった。

それでも軋轢のようなものはあった。本当を言うと、ぼくはこのボランティアに友人と参加したのだが、その彼は、ボランティアが避難所で活発に動きすぎるという避難所暮らしのひとの意見にかなり肩入れして、ほかのメンバーと軋轢を起こしていた。ぼくはそのときのことをきっかけに、彼に対しては何かしら許せない、釈然としないものを抱えている。

ぼくはと言えば能天気な人間である。福島からボランティアに参加していた肌の白い女の子にちょっと惚れ込んで、バスの帰りのときに「ちょっと一緒に話そうよ」などといって声をかけたものの、他にたくさんひとがいたので何も話せなかったというのは、いま思い返しても恥ずかしい。それで広島から来たボランティアの青年と宮城県中央の青葉通り辺りを散歩して、よし食でも復興だよという決まり文句を吐きながら牛タン食べて、「ああ、ぼくはなんて勇気のない人間なんだ……」と愚痴っていた。あの夜も綺麗な夜だった。商店街にも殆どひとはいない。帰還のバスに遅刻しかけて駆ける。何というか、ちょっと呆れるが、楽しかったのだと思う。

阪神・淡路大震災二十一年

彼女が実家で飛び降りたときぼくは地元で友人とカラオケに興じていたところで、さよならとありがとうとごめんねが内容のメールが届いたとき、おいちょっと待てよ何考えてるんだという怒りの気持ちばかりが先行していた。急いで折り返し携帯や相手の実家に電話したものの応答はなく、ひょっとしたら既に発見されて救急にでも行っているのかもしれないと自分を納得させ、それでなお多少の焦りはあれどもカラオケに戻ることができたのだからその浅ましさには驚くばかりだが、夜には相手の親御さんから連絡が来て、骨折はしたものの生きており、心配かけて申し訳ない旨が伝えられた。ぼくは少し早めに帰省を切り上げると親に言って神戸に行き、相手の家を眺めて「ああここから飛び降りたんですねえ……」となんの意味もない感慨に耽ってみたり、同じく大したことも言えないお見舞いに病院に伺ったりなどしたわけだが、その道中で長田市を電車で移動していた折、やけに山肌も露わな切り立った崖を見て、これは震災以来そのままなのかしら? と疑問に思ったことを何となく覚えている。おそらくそれはただの勘違いで、地元愛に溢れる彼女がたまに震災の話をしていたから連想されたにすぎないが、それでもその崖はいまでもぼくにとって震災の「爪痕」として象徴的なものである。思えば、真向の関心をもって震災について尋ねることはなかったから、もう少し聞けばよかったかもしれないと思う。その種の後悔はいつものことだけども。それにしても、君、自殺はよくないね。

 

阪神・淡路大震災の死者は6434名である。関東大震災が10万5千名余(木造建築に燃え移り、火を逃れて川に飛び込み、そこで熱死した人が多い)、東日本大震災が15894名(多くは、津波である)だという。早朝のことで、まだ朝食のためにガスを使う時間でもなかった阪神・淡路大震災の場合は、関東大震災ほどの火災の延焼は免れたのである。死因の大半は、寝ているとき(午前六時前)に家屋が落下してきて、圧死するというのが、一番で、空が落ちてくるというのではないが、安全だと思っていた家のなかにいて屋根が落っこちて来たら、突然のことに対処のしようもあるまい。その苦しみを思うだけで、こちらも苦しい。

自身も被災者である精神科医の安克昌氏は、震災後すぐに医局へ行き、報道ラジオに耳を傾けているときの心情を、次のように書いている。

病棟の医師控え室ではラジオがつけっぱなしになっていた。皆、落ち着かない気持ちで、ちょっとした暇さえあれば、ニュースに耳を傾けていた。

報道される死者の数はどんどん増えていった。すぐに三百人を超した。行方不明者や下敷きになっている人たちも大勢いた。まだまだ数字は増えそうだった。「千三百人以上の死者を出した一九四六年の南海道地震以来」というフレーズを聞くたびに、私はいらいらした(最終的に死者は六千人を超した)。

この、少し時間が経つたびに犠牲者の数が増加し詳細になっていく過程は、最近ではパリの襲撃事件のときにも味わうことになったが、あまりにやりきれない。止められるものならどこかで止めてしまいたいと思うのだが、それは誰にも止められないのである。

安克昌氏の著書『心の傷を癒すということ』は、震災直後の一月から翌96年の一月にかけて、葛藤のなかで連載されたシリーズを元にしている。著書はサントリー学芸賞を受賞している。

大災害による外傷は、すぐに心的な問題として生じるわけではない。その意味で、氏は震災すぐには被災者のためにできることはなく、元々精神科にかかっている患者の人たちが被災によって処方や入院が困難になっているのをサポートするのがメインになっている。

忘れてはいけないのは、安氏も一人の被災者であり、家の倒壊は免れたものの甚大なショックを蒙っているにもかかわらず、それでまた被災者のケアに当たらねばならないという状況になっていることである。そのことを氏は、「被災地には「無傷な救援者」など存在しなかったのである」と書いている。

もちろん、この救援行為は相互的なものであり、お互いを助け合う連帯が生まれることになるが(これを「災害ハネムーン期」と呼ぶらしい)、被害が大きく、また動けない人々については、比較的余裕のある人々(青年層、健常者)が専従的に補助しなければならない。そして、この救援者たちを救援する人たちも必要になるのである。

介護をする人々(一般に感情労働と呼ばれる仕事に就く人々)もまた、感情的なレベルでのケアを必要とするように。この時点で、その疲労に対する精神的なケアが必要になるとともに、外部からボランティアが訪れてその協力を申し出るというシステムが構築されてくる。

被災直後の人たちには、自分たちが見捨てられていないと感じる必要がある。それは"被災した救援者"にとっても同じことである。無傷な外部から人が来た、ということが当初は大切なのだ。そのうえで、他府県から応援に来た人たちが、被災した救援者の心を支える「救援者の救援者」になってくれれば理想的だろう。このような人的交流は、その後も、被災した救援者の心の支えになった。

本書の良さは、心の傷の癒し(ケア)が、医療的・専門的なレベルに留まるものではなく(したがって精神科医たちの肩にのみ負わされるべきものではなく)、被災者全体が、人間としての尊厳をもって生きられるようなるために、日々の営みのなかで行われていかねばならないということを、著者が身をもって実感してゆくそのプロセスにあると思う。

「精神科医」という職分でなしうることには限界があり(その限界のなかでこそ精神科医の仕事は極めて重要な意味を帯びるのだが)、震災を契機にして社会全体に関心の広まった「ケア」の問題を、単に流行語としてそのままに廃らせてしまうのではなく、自分たちの問題として引き受け、実践してゆくことこそが、著者の願うところである。

その意味で<心のケア>の問題は、たんに精神医療や精神保健の専門機関にのみ任された役割ではない。症状の重くなった人は病院を訪れるけれども、その背景には、病院にこそ来ないが、災害のストレスが心の傷になった人たちが何十万人もいる。心のケアは被災者全体に必要なのであり、そのためには被災者と接する業務を行っているあらゆる機関が、心のケアについて自覚的であるべきだろう。

大げさだが、心のケアを最大限に拡張すれば、それは住民が尊重される社会を作ることになるのではないか

 この過程のなかでボランティアが果たしうる役割は決して軽くないが、ボランティアは数が多くなると、端的に言って邪魔にもなるので、自分が何かできるものと思っていくべきでは、当然ない。それが自己実現の手段として用いられたことに対する非難などはいちいち繰り返さない。

しかしだからといって、ボランティアはかえって迷惑になるとか、ボランティア層は自己実現ないし自己アピールを目的とした人々であるから自分はそれと一線を画したいと言って参加に消極的になるとか、そういうことを考えるのは、別の害悪であると思う。

結局のところ、ボランティアが良く受け取られるか悪く受け取られるかは、その相手次第であり、こちらの与り知りうるところではない。であるとすれば、こちらとしては一緒にいたいのだが……という気持ちを伝える以外に、ボランティア側にできることはなく、そしてそのために弱気になる必要もない。

安克昌氏の師にあたる中井久夫氏の至言として、ボランティアの役割は「存在することである」というのが引かれている。まずそこにいるということが、被災者にとっての力になるのだと。専門医の立場からこう言ってくれるなら、これほど嬉しいことはないし、実際にそう思ってくれることを信じて働くしかないのではないかなと思う。

移民ノート

1. 中東・アジア地域で紛争が絶えず、民族抗争などからジェノサイドの危機に晒されている人々が逃げ場を求めているかぎり、また、地球上の領土は何らかの国民の専有物である以前に人間共同体の根源的共有(カント)に属するものであることを承認するかぎりにおいて、移民問題は国際社会の成員が義務的に取り組むべき課題であることを肯定する。この課題を原則的に肯定するのは、左派的な態度である。

2. もし右派であったとしても、移民の受入は、自国の若年労働者雇用という観点から火急の課題である。人口減特に若年労働者が枯渇している国においては、外国からの労働者の移入によってそれを補うという解決策がある(別の解決策は国内の出生率を高めることである)。但しこの場合、移民の受入は経済的理由からなされ、国際社会の成員としての義務感情は考慮されない点において、受入のポリシーが異なる。

3. 左派であれば無選択的無条件的に移民受入を肯定するのか? それはほぼ不可能である。まず、国内の受入環境がどの程度整備されているかが考慮される必要があり、それに応じて配分的に受入はなされることになる。また前述のように受入国に移民を雇用するための需要があるかどうかが問題になる。この意味で、原則は肯定されても、ある程度の移民の制限は不可避であり、右寄りの選択的移民制度に接近することになる。

4. 移民が犯罪を起こす可能性が生ずるとすれば、それは文化的対立や宗教的摩擦よりもまず経済的問題によってであり、移民後長期間にわたる失業状態が続くとすれば、その不満が暴動に発展することは当然予測される。それは、移民でなくても、失業率が高い社会においては治安が悪化するのと同じである。

5. したがって移民の選択において、知的能力の保証された人や、何らかの高度な専門的技能を有する人を、人材として優先的に受入れたいと考えるのは、経済的観点から言っても、治安の観点から言っても、自然なことであると思われる。

6. しかしながらこの時点で、移民問題は国際社会における平和と人権の擁護という原則的理想を離れ、自国の経済問題を如何に解決するかというマーケットの問題になっていることが確認される。より悪く言えば、グローバル社会における安価な雇用の供給源として、移民の出現はかえって熱望されることにすらなる。そしてこの場合、非熟練の移民は排除されるか、盥回しになるかであり、不満が凝集的に高まることになる。

7. 欧州の移民制度は、基本的に景気が向上していて労働力が募集されていた時期に、十分な文化的統合の支えなしになされたものであり、景気が停滞ないし下降し失業率が高くなっている現在、経済問題として表面化されているのであり、宗教は彼らの不満の受け皿になっているにすぎない。

8. このように、移民政策には人道的観点と経済的観点が混在するが、純粋に人道的観点から受入が行われることはまずなく、他方経済的観点はしばしば人道的理念によって美化される。このなかで、人道的観点を強調するのが左派であり、経済的観点を強調するのが右派だと言えるが、いずれも完全に分離したものではない。

9. 二つの立場のうち、「現実的」なのは明らかに経済的観点であるが、経済的観点は選別と排除を産むものであり、その排除される人々の文化的統合や非熟練労働者・失業者の権利保障に関心を持ち、その保障の根拠として理念を用いるのが左派の態度であると再定義できる。

10. 他方、右派の場合、移民受入を完全に否定するわけではなく、経済的にはその必要性を承認しているのに、不況下になると彼らを都合よく排除することができると考える点では、依然として理想論的であると考えられる。

11. 移民の存在は現実であり、左派はその受入と統合の過程において理想を語り、その間右派は経済的必要に基づいて黙々と承認して、その統合の失敗の過程(不況の到来など)において、左派は沈黙し、右派が(排斥という)理想を語りだす。このとき、責任を負うべきが誰かと云々することに意味があると思われない。

姦通小説における妊娠・中絶はヒロインに対する懲罰か?――『美徳のよろめき』(つづき)

もう一つ、『美徳のよろめき』の自然をめぐって書こうかと思ったが、うまく展開できそうにもないので止めておく。それよりも、この小説をどう説明するか、ということをちゃんとやった方がいいかもしれない*1

 

この小説の面白味(と言っては不謹慎かもしれないが)というと、やはり節子が作中で三度にわたり堕胎をすることで、これについては斉藤美奈子の言うとおり、いいから避妊しなさいよの一言に尽きるのであるが(その無責任さを考えると、彼女はぞっとする人物である)、この妊娠をどう理解するかというのは一つのカギになる。

ところでこの妊娠・中絶について、次のような論文がウェブで読める。

ここに、 「美徳のよろめき」の姦通に対する意識があらわれている。つまり、節子に官能をもたらし、目を開かせるような体験として姦通を描きながらも、その結末には妊娠・中絶という現実的な事態が待ち構えているという皮肉な視点がある。同時代の女性たちの解放感に共感しながらも、既存の道徳観念が依然として強固なものであることを語っているのである。節子に対する中絶という受難は、社会的・倫理的なタブーを犯した結果としての制裁である。

中元さおり「三島由紀夫「美徳のよろめき」論 ―〈よろめき〉 ブームから読む」

この論文は基本的にフェミニズム的な読み返しであるが、ある程度「性の解放」というフェミニズムにとっての「正しさ」に乗りつつ、とはいえ家父長制的な三島には「限界」があるね、という、模範的な位置づけの仕方であると言える。

しかし、なぜ「妊娠・中絶という現実的な事態」を描く語り手の目線が「皮肉な視点」とされるのかというと、これに対する十分な根拠はない。確かに、語り手は節子自身でさえ把握していない内心にまで立ち入る全能の立場にあり、語り手は彼女の無知に対して冷ややかであるという印象は完全には排除できない。だが、この語り手の立場が辛辣で指弾的なものではなく、むしろ彼女の行動は語り手によって「支持されている」ことは、論文筆者も認めているところである。それでは、「妊娠・中絶という現実的な事態」の描写は、なぜ「皮肉な視点」によってなされていることになるのか。

ぼくは、ここに、姦通小説において妊娠と中絶(あるいは産褥死)を描くことは作家(と彼が共犯関係にある社会)による姦通行為に対する制裁である、という予断の介入が働いているように思う。その予断のゆえに、一見彼女を好意的に描いていても、その先の「自然現象」としての妊娠を描く語り手には「皮肉な視点」がある、という結論が導き出されるのだと思う。

フェミニズムカルチュラル・スタディーズにおいては一種の定説があり、それによると、作家は時代の支配的な風潮(ここでは家父長制)に対して、ある程度までは反逆的であっても、ある線からは共犯関係にあり、権力構造の一部になっているのである。もちろんこの定説は間違ったものではない。自明であるとすら思う。だがここで妊娠・中絶=語り手による制裁とするのは、テクストからの逸脱ではないか。

ミシェル・フーコーによるパノプティコン概念の提唱以来、小説における「全知の語り手」をこの概念から捉え直す試みは少なくない(そしてそれに対するフィクション論的反論もある)。そこでは、見えない語り手の支配のもとで、登場人物の内面が拘束されることになる、と説明される。この捉え直しそのものには殆ど何の意味もないように思われるが、もし(男性であり家父長的である)作家はこの作品でヒロインの妊娠と堕胎を繰り返させることで、危険な姦通行為が必ずリスクを伴うものであり、懲罰を被らねばならないものなのだということを示そうとしているのであると言われれば、これは反論しがたいフレームワークになってしまう。語り手は節子の行為を明確に指弾することも称賛することもないので、その立ち位置の解釈は自由に与えられている。それに加えて、社会全体が不貞行為に対しては何らかの制裁的懲罰的な報復を要求していることは明らかであるようにも思われるからである。

 

だが性行為による妊娠というのは、それ自体は「自然」なのであって、道徳や法の問題ではない。もちろん、この二項対立をバトラー的に脱構築することは場合によって必要であるが、この作品の場合に必要なのは、妊娠・中絶がこの作品において「罰」であると語られ、道徳ないし法の領域に移されるとき、それは「誰」によって語られている罰であるのか、という点である。

前掲論文のばあい、この点が、姦通小説における妊娠・中絶は「語り手=社会による」罰であるという予断の働きによって、曇らされているのではないかと思う。しかし、この小説を読むとき、妊娠・中絶を罰として捉えているのは、明らかに節子自らである。

節子は或る暗示を、或る懲罰の意味をそこから汲んだ。思いがけない受胎であったので、意味のないものとは思えなかった。何かが彼女を懲らしめようとしていると思うほかはなかった。

これは一度目の(良人の種による)妊娠に気付いたときの節子の心境である。もちろん、節子自らが妊娠・中絶を罰と捉えているということは、問題を何も解決しない。既に述べたように、節子の内心を代弁する権利は語り手の思うがままであり、こうして節子が自発的に赦されぬ行為の罪深さに思い至るほうが、姦通の危険を読者に思い知らせるには好都合だからである。

だが、前回に述べたことだが、この節子自らによる罪業の把握は、彼女を立ち止まらせるのではなく、かえって欲望を昂進させるものである。「これだけ苦しんだのだから、どんな歓びも享ける資格があるような気がした」と彼女が言うように、「犠牲」に対する彼女の明確な憧れは、その犠牲を通じて何らかの報いを享けたいという、殉教主義的ヒロイズムによって裏打ちされているのである。

そこで、これも前回引いた個所であるが、町全体が停電に陥るとき、革命の予感のなかで、上流階級にある彼女が自らを彼らに粛清される「犠牲者」として思い描いたことを想起されたい。彼女のパーソナリティは明らかに自罰的傾向にあり、自分を叱る何ものかを求めている節がある。それゆえ彼女は息子に糾弾されることを夢想し、良人にすべてを打ち明けることを夢想するのであるが、もっぱら誰も罰してくれる者はおらず、彼女が彼女自らを罰する役割を果たし、その欲望は無意識に抑圧しているかのようである(フロイトの論文「子供が叩かれる」などを連想すべきだろう)。

もちろんこの観点は、けっきょく彼女を叱ってくれる「大人」を求める小児的人物のように造型して、ついには父権的なものに回収させんとする作家の意図によるものである、と言われるかもしれない。それならむしろ、この小児性は三島本人のファンタスムであると言ってもよいが、この点はここでは措く。

 

ぼくが言いたいのは、初めからこの懲罰主体を「社会」と同定してしまうと、節子のファンタスムの多産性を制限してしまう結果になりはしないか、ということである。彼女が妊娠・中絶を罰と捉えるとき、その懲罰の主体は、何も社会だけに限らず、彼女はむしろ聖なるものに触れるのである。

節子は浄らかな殉教的な気持になり、土屋の子の母としての職分を土屋のためになげうつということに、苦痛に充ちた喜びを感じた。それは恋人の役割を超えた自己犠牲であり、土屋が逆立ちをしても払うことのできぬ犠牲であった。その犠牲の、心に媚びるようないたましさと巨きさとで、節子は土屋を一歩抜きん出たように感じたのである。

これは二度目の堕胎のときであるが、殉教的態度を明らかにして、苦痛を歓びに転換させている。ここで妊娠・中絶は確かに「罰」であるが、節子に後悔させ、読者を恐怖に慄かせ姦通の罪を知らしめるものではなく、その種の社会規範を超えたところにある聖性に痛みのなかで交わろうとして呼び求められた罰なのである。

苦痛とそれに耐えている自分との関係は、何か光りかがやくほど充実していて、それがそのまま死の虚脱へつづいているとは思えなかった。節子がいて、苦痛がある。それだけで世界は充たされている。葬り去られる子供のことも念頭にうかばぬ。……もはや節子は、土屋の名をさえ呼ばなかった。

この明晰な法悦の感覚は、三島の愛してやまないマゾヒスム的なそれであり、決して社会の与えうるような懲罰行為とは似ても似つかない。社会そのものはまた別の経路によって、姦通がもたらす代償を示すに違いないが、『美徳のよろめき』におけるそれとは別物である。

したがって『美徳のよろめき』とは、一般の姦通小説とされるものがしばしば姦通者の懲罰を経ての改心へと向かう物語として造型されるのに対して、その妊娠・中絶の苦痛のある懲罰においてむしろ聖なるものを見出そうとする試みであり、社会的な規範への回収は、殆ど見せかけだけしか起こらない。この小説は、節子が「凡庸な性格を払拭して、非凡な女に」なるまでの過程を描いたイニシエーション的な作品なのである。

美徳のよろめき (新潮文庫)
三島 由紀夫
新潮社
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*1:ところで、昨日のエントリでこの小説の節子は『鏡子の家』の鏡子の前身をなすといえるかもしれない、と書いたが、もちろん何の根拠もない話なのだが、そういうことはかえって突き詰めたくなるものである。鏡子には娘がひとりあって、その二人の家に四人の青年が入り浸っていたという設定。他方、節子には息子がいて、それに加えて、作中では三度堕胎を行うが、実は語りのなかで、以前に夫の子供をもう一人堕胎していることもわかる。世に生まれなかった子は、四人いるわけで、この数字の符合も、何か気になる。それで、『鏡子の家』の結末は、良人の帰宅と、「良き」秩序の回復であるが、『美徳のよろめき』では、最後まで良人は鈍感で妻の姦通に気が付かない代わりに、秩序の代行となり、「偽善」の徳を間接的に伝えることになるのは、彼女の父親である。

階級とロマネスク――『美徳のよろめき』(続き)

三島の小説には階級観念が現れる*1。この小説の節子も上流階級の出であり、その藤井家は「ウィットを持たない上品な一族」だとされる。躾も厳しく、門地の高い家に育ち、なお堕胎を三度繰り返すような淪落した女に節子が育ったのはなぜか。彼女は「私って娼婦みたいだわ」と感ずることに望外の満足を感じてさえいるのである*2

その零落ぶりは驚くほどであり、この小説は上流階級=美徳の人々に対する冒涜であるとさえ映る。であるとすれば、節子における肉体の発見、その狡知の遍歴は、いわば地に足のつかない階級である貴族階級が、その唯物的な現実に足をすくわれるという物語となるか。そのように読めなくもないにしても*3、三島が上流階級を扱う仕方は、マルクス主義がそれを扱う仕方とはまったく異なるものと言わねばなるまい。少なくとも彼は、共産主義社会における階級関係の不在というフィクションをまったく信じてはいない。

 

この小説には美しい場面がある。土屋とのデートを初めて間もない頃、映画を観終えたあと、町に大停電が起こる。あらゆる灯が消え、ネオンも消え、灯ったかと思えばまた消える。町が突如として異質なざわめきに満たされ、節子はそれを「何か思い設けぬ幸運」と感ずる。「何か起ればいい、何か外的な破滅がふりかかってくれればいい、というのは節子のこの日頃の願いであった。」*4

テロが起きたのではないかという叫びがめぐり、革命か、あるいはそれに類する暴動の始まりが予感される。それは杞憂に終わるのだが、この暗闇のなかで彼らの関係は大いに増進して、接吻を交わすことになる。革命の予感でさえ、彼らの(というか彼女の)恋情の手助けにしかならない。とはいえこの小説のなかには、淪落への意志というか、いわゆる階級的な高みから下落していこうとする意志があって、『鏡子の家』の鏡子の前身をなすのが節子であるといって良いほどである。この点については、次の記述を長くはなるが引用して、仕舞にしておきたい。

こんなところで、節子の階級的偏見を云々するのは、不謹慎のそしりを免がれまい。しかしそのことは、このとき彼女を支配した情緒、彼女を促した情念と、無関係ではなかった。大停電の街のどよめきのなかで、革命や暴動を夢みながら、まことに時代遅れな節子の偏見は、自分をはっきりその被害者の立場に置いて思い描いていた。こうした夢想は、節子のよりどろこのない官能を促すのに重要だったのである。

目の前の青年、自分の恋人は何者だろう、と彼女は夢想を進めた。彼は決して敵ではなく、さりとてまた、決して頼もしい庇護者でもなかった。彼は節子の好みに叶った青年、同じ育ちの男、……つまり彼女と同じ被害者だったのだ。

この人もだわ、と節子は胸をとどろかせて考えた。こうして彼女の物語趣味の条件が調った。

 

ところで、この引用にもあるように、彼女には「物語趣味」があるが、作品の冒頭に言われているように、「節子は探究心や理論や洒脱な会話や文学や、そういう官能の代りになるものと一切無縁であったので、ゆくゆくはただ素直にきまじめに、官能の海に漂うように宿命づけられていた」のである。

しかし文学というものは官能の代りを果たすだけでなくそれを昂進させもする。ボヴァリー夫人のばあいがそうで、彼女の不倫は、自然の肉体の欲求の発露であると言っては真実を外しており、彼女が修道院時代に読み耽った物語によって涵養されたものである。ドン・キホーテが騎士道小説に耽溺して騎士になるようにボヴァリー夫人は恋愛小説に耽溺して不倫するのである。したがって不倫が描かれているからと言って、ただちに肉体の狡知を云々するのは不適当である。

しかるに節子の欲望は何によって涵養されたのか。これは微妙で、やはり彼女は読書には馴染まず、茶会ではあけすけな女同士のやりとりがされているので、これに影響されることはあるかもしれない。彼女は「忠実な聴き役」である。また映画があり、彼女は男の好みを訊かれると俳優で答えるのだが、これはあくまで現実に恋の事件を起こしうるような知り合いがいないからである。

土屋が別に遊んでいる女は女優らしく、節子は時折その女優に嫉妬する。そうすると、彼女の欲望の学校は映画かもしれないが、二人で人妻の恋を扱った映画をみたとき、「自分の身をこれほど如実に映画の上に見たことはなかった」と感ずるのは、映画に欲望を教育されているというよりは、単に映画に自らを反映させているだけのようにも思う。なおまたのちには不倫ものの映画ばかり見歩いているらしい。

いったい、彼女にロマネスクな空想力が生じるのは、小説や映画媒体そのものからというよりは、彼女自身のなかにロマネスクな力が芽生えてくるからであるように思われる。「こんな小説的な想像力が、おっとりした節子に生れたのは、嘘が彼女を陶冶したのだと考えるほかはなかった」という。彼女のばあい、「詩人」ではないが「詩的経験」を経験する、というような、内発的なロマネスクの発露を考えるほうが良いように思われる。

*1:吉田健一は三島の没後、次のように述べたという。「うん、いい子だったよ、ただ彼の欠点は日本に貴族というか上流階級があると思いこみが強かったね。そんなものは明治になってからわざわざ作られたものに過ぎないのにね。」

*2:鏡子の家』の鏡子も上流の人間であるが、階級観念というものを持たず、娼婦のように扱われることを歓びにしている。

*3:そしてこういう読み筋においては『宴のあと』のような作品が対照的に際立つ。

*4:ここに『鏡子の家』の清一郎の破滅思想との共振を見てもいいかもしれない