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新潮文庫版『堕落論』解説、柄谷行人「坂口安吾とフロイト」

文学

後半、やや奇妙な収録方針。

「今後の寺院生活に対する私考」「FARCEに就て」「文学のふるさと」「日本文化私観」「芸術地に堕つ」「堕落論」「天皇小論」「続堕落論」「特攻隊に捧ぐ」「教祖の文学」「太宰治情死考」「戦争論」「ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格」「飛騨・高山の抹殺」「歴史探偵方法論」「道鏡童子」「安吾下田外史」

以上、十七篇。「戦争論」くらいまではわかるが*1、後半、歴史モノ書き(歴史探偵)としての安吾の側面を示す数篇が収められていて、これが非常に奇妙な感じがする。面白くないと言うのではないが、内容としては奇異で、特に「飛騨・高山の抹殺」は<安吾の新日本地理>というシリーズの一つであるが、読みつけない読者には、相当突飛な探偵的論を展開している。

それで解説を読むと、柄谷行人が担当していて、「坂口安吾フロイト」という、大変に難解な解説がある。そしてそこで取り上げられているのは、もっぱらが歴史ものである。

そこで思うのだが、この版は柄谷行人が編纂して、チョイスを担当しているのではないか。もちろん所収の作品をもとに彼が解説を書いたということも考えられなくはないが、それにしてはうまくはまりすぎている、という感じがする。むしろ、この解説のために、後半の数篇は選ばれたというのが説得的である。

だとすれば(別になんの確証もない)、これはあまり健康ではないように思われる。転倒しているではないか。この「安吾フロイト」という解説も、それほどしっくりとくるものではない。

 

まず「歴史探偵方法論」における歴史家=探偵というのが「たんなるアナロジーではない」とされ、ポーが引き合いにだされる。ポーは「モルグ街の殺人事件」で探偵小説を創始しただけでなく、一つの新しい認識論を、新たな哲学を創出しているのである。「だから、」安吾において歴史家=タンテイは、新たな歴史の方法論を意味するのであるとされる。なぜ「だから、」なのか? このことが既にわからない。

そこから柄谷は、安吾の探偵的方法においては精神分析が応用されているが、その事実は言明されてはいないと論を進める。「飛騨・高山の抹殺」で、飛騨については記紀は何も語っていないが、この沈黙こそが疑いを誘うと安吾は書いているが、これが精神分析における否認の方法と近似している、と柄谷は言うのである。そこで、探偵から精神分析に一挙に話が飛ぶが、歴史的に見て、19世紀末の「探偵小説の発展と精神分析の発展には並行性がある」とされ、ホームズとフロイトの同時代性、ラカンによる「盗まれた手紙」セミネールが傍証として挙げられている。

さらに、マルクスの方法もまた、資本主義社会が隠蔽した「歴史的原罪」の究明法であるという意味で、マルクス的歴史家=ホームズ的探偵=フロイト精神分析家が等号で結ばれるに至る。

そして安吾がこのような探偵的方法を行使した理由として、一つの歴史的犯罪があったことが挙げられる。それは天皇ファシズムである。ふつう安吾天皇制批判は、タブーもあって今日それほど表立って取り上げられないが、本書にはわずか2頁の「天皇小論」が収められている。これも解説者の意向ではないかと思われる。

安吾の方法と精神分析の方法のアナロジーをいくつか挙げながら、安吾自身が精神分析には通じていたことが論じられる。「精神病覚え書」のなかで、安吾フロイトを「ダメだ」と言っている。だがそれは安吾が後期フロイトを知らないからで、後期フロイトはむしろ安吾の考えに調和しているのであり、彼らは同じ歩みをたどったのだとされる。

そこから、フロイトの話が始まる。まことに奇妙な「解説」で、フロイトの話は、あくまで解説者が探偵的方法との類似において持ち出したもので、「精神病覚え書」は所収されていないのに、フロイトの話こそ、実は本当にしたい話なのである。

後期フロイトの独創性(そのロマン主義的傾向からの完全な絶縁)は、「死の欲動」という概念の導入である。それは合目的的ではない不快への反復的接近であるため、経験的には理解しえない超越論的な想定とならざるをえない。それゆえそれはカントの「崇高」に似たものともなるが、安吾自身の「風景」(ふるさと)というのも、やはりこの崇高に近い、一般的には不快を掻き立てかねないものである。

なぜ、安吾はそのような「美意識」を抱くに至ったのか? 本書年譜には五才(明治四十四年(1911年))のこととして、次のように書かれている。

三月二十七日、七女千鶴が誕生。四月、鏡淵西堀幼稚園(のち西堀幼稚園と改称。現在は八千代幼稚園)に入園したが、母アサを千鶴に奪われた気持が強く、孤独に苛まれてひとり知らない街をさまよい歩くことが多かった。

柄谷はここで精神分析的な理由(母の不在の克服というfort-daの遊び)を導入して、安吾の風景とは、母の不在という不快を繰り返し喚起するもので、「突き放す」ものとして立ち現われてくる、と説明している。その不快は快を与えるものともなるため、安吾にとって快となる風景であるが、他人にとってはもっぱら不快をしか与えない、殺風景となる。

フロイトは、この「死の欲動」の内攻化を、超自我として考えるようになる。これは以前までの彼が、超自我を社会的規範や「父」の内面化と考えていたのからすれば、「根本的な変更」となる。安吾はこの死の欲動から脱して、「自我の理想的な構成」を果たそうとするが、反復強迫から逃れられないで、しばしば鬱状態に陥ることになる。

東洋大学時代の鬱からの脱出は、ファルス論によってなされる。そこで言われる「肯定」とは、「現状肯定ということとは違う。この肯定は、フロイトが無意識(エス)には否定がない、というのと同じ意味での肯定なのだ」。だが、この時期はまだ「抑圧」の理論の時期に留まっている。再度の鬱病が彼を襲ったとき、克服を見事に示すのは、「イノチガケ」である。キリシタン殉教を描いたこの作品のなかで、殉教者たちは死の欲動に襲われた人々であるが、「穴つるし」による殉教の滑稽化によって、死の欲動は抑制されたのである。

とはいえ、それは「成熟」を意味するものではない。「それは、ある意味で「ファルス」の反復なのだ」。しかしこの時期には、近代文学のジャンル論的制約のなかでファルスを顕揚していた初期とは異なり、「その作品総体がファルス的」と呼びうる位相に至る。だからこそ、安吾の作品において、ジャンルは常に排除されている。「安吾の作品を一冊の本にまとめるとき、このようなジャンル的区別を否定すべきである。そして、それこそが安吾のいう「全的肯定」にほかならない。」

 

……すっかり理路を辿りなおしてみると、論理の飛び方にくらくらしてくるが、そして新潮文庫の解説としては難解すぎるには違いないが、超自我の源泉をめぐるフロイトのなかでの議論の変化や、安吾の「風景」は何に由来するものか、についてなど、やっぱり面白いと考え直さざるをえない。特に、最近「ふるさとに寄せる讃歌」を読み直したいと思っていたから、それを考え直す機会になるかもしれない。

*1:それにしても、どうして「太宰治情死考」であって、「不良少年とキリスト」ではないのかな?