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ジッド『背徳者』(1)―序文と「議長D.R.氏へ」を中心に

1902年刊行、ジッドのこの小説は、彼がはじめて「レシ」と呼んだ作品であり、それまでの現在形で語られた作品と異なり、単純過去を多用しながら語り手が回顧する形式をとる(ジッドの作品は総じて読みやすいが現在ではそれほど使われない単純過去が頻出するこの小説は少し読みにくい)。

初めに著者による序があり、彼はここで語られる登場人物の行為の是非について、敢えて問題にはしない、と表明する。作者の登場人物に対する中立性は、現在では当然の態度にも思えるが、これが書かれた当時には、モーリス・バレスやポール・ブールジェのような作家による「問題小説」が多く執筆され、作家が登場人物の行為を礼賛/指弾する目的で小説を執筆することは珍しくなかったことに注意されたい。たとえばブールジェの1889年の小説『弟子』(ジッドはこの小説を89年夏に読んでいる)は、前年に起きた「シャンビジュ事件」という現実の事件に取材したものであるが、妻を殺し、自分も自殺しようと試みた23歳の青年の深層心理に、実証主義的科学が宗教によってとってかわられたにもかかわらず、宗教が与えうるような道徳性が不在になってしまったという時代の病理を読み解き、作家自身のカトリックの立場からそれを糾弾している。この事件はアナトール・フランス(「文学的事件」)やバレス(「アンリ・シャンビジュの感性」)によっても取り上げられたが、ジッドにも、そしてとりわけ『背徳者』にも影響を与えている。この事件はアルジェリアコンスタンティーヌ近辺にあるシディ・マブルークという村で起きたものであるが、小説のなかで語り手のミシェルがシディ・b・M村に住居を構えているのがその証左である。

つまりジッドはこの序文で、カトリックの立場から現代の病(デカダンス)を糾弾してしまうブールジェ及び他の作家たちの反動的性格に対して、抗議を表明していると考えられる。もっともそれを中立の擁護というのでは、あまりに安易に映るかもしれない。ジッド自身が、宗教=道徳の強い磁場から抜け出そうと欲しつつ、その引力に引き込まれていたのであるから、この小説において描かれる「病」に対して、彼はあまりに両義的な、魅了と反撥を感じているのである。

示唆してきたように、このレシはまさしく「病」をめぐる作品であり、「病」への転落とそこからの恢復が描かれている。ミシェルが経験する道程はジッド自身の自伝的体験をも色濃く反映している。95-96年のマドレーヌとの新婚旅行、97年の再度の旅行(スイス、イタリア)、99年の北アフリカ旅行、1900年のアルジェリア旅行など、構想から執筆にかけての時期にジッドが行った旅行や、従姉のマドレーヌとの結婚および病弱な彼女との関係は、この小説の主人公ミシェルとジッドを(そしてミシェルの妻マルセリーヌジッドの妻マドレーヌを)同一視したいという欲望に駆り立てるものではある(もちろんこの近似性は両義性の根でもある)。とはいえ作家はこの同一視を拒否しており、ミシェルを外から眺めようとする工夫を凝らしている。それが序文に次いで現れる「議長D.R.氏へ」という、ミシェルの腹心の友ドニ、ダニエル、「私」の三人から差し出された手紙である。彼らはシディ・b・M村でミシェルから聞いた話を議長に報告しているのだが、その目的は、彼に何らかの公職を与えることにあるらしい(ここにもいくらか自伝的要素がある)。興味深いのは、ここで彼らが自らを「ヨブの三人の友人」と同定していることかもしれない。旧約聖書ヨブ記で、ヨブは悪魔と神の信仰をめぐる議論のなかでおもちゃにされ、重い皮膚病を患うことになる。ここでも病であるが、ミシェル=ヨブという同一視は、ミシェル自身は宗教的人間ではないにもかかわらず(それは彼の妻マルセリーヌの篤信と対比される)、このレシに宗教的含意を与えている。

それにしても、この小説において「病」とは何か?