フィフティーズ(2)、『鏡子の家』

作曲家のピエール・ブーレーズが先日世を去った。1925年の生まれ、満90歳の没である。三島由紀夫も同じ、1925年の生まれであるが、70年の没で、満45歳である。ブーレーズと同じ年に生まれながら、実に、半分の歳しか生きていない。一人の人間が45年間を生き、一人の人間が90年を生きる。同じ「一生」と呼ばれるにもかかわらず。これは少し驚くべきことのように思われる。当然のことながら、不公平ではないのか。

とはいえ、自然死ならばいざ知らず、三島由紀夫は自ら死を選び、世を去ったのである。生きていれば、今日この頃に死んだ、ということもありえなくはなかった。そのこともまた、少し驚くべきことのように思われる。

若き天才であった三島は、41年にはすでに「花ざかりの森」を発表している。終戦を迎えたときには、まだ20歳でしかない。49年には成功作『仮面の告白』を、54年には『潮騒』を発表して、後者は(こないだも参照した記録によると)同年のベストセラー第四位となる。56年に『金閣寺』によって美的世界の追求する一方で、翌57年には『美徳のよろめき』という風俗的な傾向の作品を著すという器用さを見せている。この作品も「よろめき族」という流行語を生み、同年のベストセラーの第四位である。この五十年代が、三島のもっとも油の乗った時代であったのかもしれない。

 

彼がその五十年代の決算という意図から発表したのが59年に発表された『鏡子の家』である。舞台は1954年から56年にかけての二年間。50年に始まった朝鮮戦争による特需が前年に終わり、不景気に陥った時期から、再度の好景気に立て直す時期、いわゆる高度成長期の始まりの時期を描いている。鏡子の家は、「おそろしく開放的な家庭で、どことはなしに淫売屋のような感じがある」。良人を追い出して8歳になる娘とともに暮らしている家主の鏡子は、「戦後の時代が培った有毒なもろもろの観念に手放しで犯され」た女である。アナルヒーを常態と思い、不道徳な友人との不道徳な交遊を愛している。

その友人というのが、この小説の主人公となる四人の青年で、最年長27歳の杉本清一郎は、貿易会社のエリート社員、夏雄は才能のある画家、美貌だが怠惰な役者の収、拳闘家の峻吉である。四人は、それぞれ己のうちにニヒリズムを抱えているか、いずれニヒリズムを抱えることになる。それが、戦後、あらゆる価値観念の崩壊を迎えた時代に生きた彼らの宿命である。

清一郎は、己というものを持たないがゆえにこそ、社会の価値に合わせて生き、うまく演じてみせている。夏雄はもっとも調和的な人物であるが、自然と自我との対峙した関係のあいだに、あるとき他者の声が立ち入り、不調を来し、狂気に接近してゆく。収は、自らの華奢な身体のゆえに存在感覚を希薄に感じており、それを克服するためにボディビルに打ち込む。何も考えず行動することだけをモットーとしている峻吉は、あるときその行動が絶たれたとき、「無意味」という敵に囲まれることになる。

 

この小説の、もっとも有名な一節は、壁をめぐる箇所である。彼ら四人は、めいめい何らかの仕方で、壁に直面している。それが「時代の壁であるか、社会の壁であるか」はわからない。それははじめ、本当は存在しなかったはずなのである。戦争によって、すべてが崩壊したとき、若者たちはそこに廃墟しか見ることがなかった。廃墟と瓦礫、そのガラスの反射がもたらす光景は、「美」と呼ばれている。その時期、確かに縋るべきものはなかったが、遮るものも何一つとしてなく、「無限に自由な少年期」があった。それが戦後から54,5年の状況である。

今ただひとつたしかなことは、巨おおきな壁があり、その壁に鼻を突きつけて、四人が立っているということなのである。

『俺はその壁をぶち割ってやるんだ』と峻吉は拳を握って思っていた。

『僕はその壁を鏡に変えてしまうだろう』と収は怠惰な気持ちで思った。

『僕はとにかくその壁に描くんだ。壁が風景や花々の壁画に変わってしまえば』と夏雄は熱烈に考えた。

そして清一郎の考えていたことはこうである。

『俺はその壁になるんだ。俺がその壁自体に化けてしまうのだ。

 この四人は、一つの同盟を結ぶ。それは、お互いのことをお互いに対して率直に打ち明けながら、決して助け合いはしない。お互いの宿命を、苦境に陥りつつも、単独で受け入れてゆこうとする同盟である。彼らはその後別々の道を歩むことになるのであるが、より大きな宿命によって結ばれているように思う。そして、そのいずれものあいだに、三島自身が反映されていると考えることも、まったく誤りではないと思う。

 

三島がこの小説でやろうとしたことは、わかりすぎるくらいわかるような気がする。経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれる56年までを時期として区切ったこの小説のなかで、彼は戦後という廃墟からの復興が、驚くほど素直になされ、しかも何一つ本質的な問題は解決されていないのだということを訴えようとしている。安吾風に言えば、「堕ちる道を堕ちき」っていないにもかかわらず、瓦礫のうえに新たな「復興」の文字を連ねてゆくような。

しかし安吾がその種の堕落に耐え切れないような人間も許容するだけの世相に対する無関心を気質として備えていたのに対して、三島のほうは、そうやって世の中が「良く」なっていくことを放置するには、あまりに世の中に関心がありすぎたのではないかと思う。

それゆえ三島は、この小説のなかで経済成長による世の中の「改善」についていけない人間たちを描く。それでは、彼は単に自分の意に沿わない世に拗ね、自らを川の中に遺棄される赤子に譬えたに過ぎないのか。そうではない。彼が見ていたのは、その時代を不服に思う人間たちが、必ずそれに対して復讐を行う、という反復構造であり、二・二六的なものがどこから生まれてくるか、ということを腹のうちから明かそうとしていたのではないか。戦後という時代の「後」に高度経済成長の時代が来るとすれば、さらにその「後」の低成長の時代がやってくる。そのとき、必ず再び破局がやってくる。清一郎がまさしく「予言」していたように、戦後の後の後に、テロリストたちは十分な力をつけて現れてくる。

時たま鏡子は大袈裟に、一つの時代が終ったと考えることがある。終る筈のない一つの時代が。学校にいたころ、休暇の終るときにはこんな気持がした。充ち足りた休暇の終りというものがあろう筈はない。それは必ず挫折と尽きせぬ不満の裡に終る。――再び真面目な時代が来る。大真面目の、優等生たちの、点取虫たちの陰惨な時代。再び世界に対する全幅的な同意。人間だの、愛だの、希望だの、理想だの、……これらのがらくたな諸々の価値の復活。徹底的な改宗。そして何よりも辛いのは、あれほど愛して来た廃墟を完全に否認すること。目に見える廃墟ばかりか、目に見えない廃墟までも!