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ストイシズムの栄光と悲惨――牧野信一「村のストア派」を読む(2)

図書カード:村のストア派

前回は牧野信一の略歴と作風を紹介しながら、「村のストア派」という短篇へのイントロダクションを行いました。繰り返し注意しておきたいのは、ここでの「ストア派」は元の外界や情念の吟味徹底による克服=無関心という性格を薄れさせ、文字通り外界に「無関心な」隠者としての樽野を指しているということです。

 

そんな樽野とまったくの対照を示しているのが彼の棲む村の様子で、「村」と「ストア派」の対比が、この小説に無上の魅力を与えています。折しも村はお祭りの時期、連日花火が上がり、村人たちは遊園地に行き、その年の豊獲をお祝いしています。

凡そあたりの空気は、個人[ルビ:ひと]の悩みなどといふものからは遠く、単に吾々は健全なエピキユリアンであれば幸ひだ! と囁くばかりな、颯爽たる、結構な賑ひが日毎に盛んになつて行く[...]

ここでのエピキュリアンという語も原義をかなり逸脱した「享楽主義」として描かれていますが、村とその人々の描写は昭和初頭という時代の雰囲気をまったく感じさせず(遊園地!)、殆ど神話的なものにさえ思えます。そしてそのような祝祭的雰囲気のなかで、実は樽野のストア主義も、装われた(あるいは強いられた)ものであることが徐々に分かってくるのです。というのも、彼は「本来は浮気な享楽派」だったのですから。

決して研究の為に精進してゐるわけではなく、悟道の為に苦行に励んでゐるわけでもない厭々の籠居を続けてゐる樽野にとつては、あゝ遊びに出たいなあ! お祭りを見に行きたいなあ! 斯う云ふ羨望の思ひのみが身を焦すのであつた。この誘惑と闘ふことが我慢出来なかつたのであるが、彼は、母やGやそして自分のことを知ると、恐ろしい後ろ暗さに襟元をつかまれて、逃げやうとして門柱にしがみついても腕はもぎとられ、石をつかんで暴れ廻つても、捕り手に囲まれた悪人の最後のやうに忽ち縛いましめられてもとの牢獄へ伴れ戻されてしまつた。――彼は、薄暗い幕の内側で狂人の如く見苦しく、のた打ち廻つた。

 この一節は多分に示唆的です。まず、樽野は決して根っからのストア派ではないということ。彼はむしろエピキュリアン(享楽)的な態度に近く、しかしながら母親やGの存在それにともなう自己のもとではそれを露にすることもできず、一種痩せ我慢的に「厭々」ストア派に収まっている。そして彼は母親たちの形成する場のことを「牢獄」と喩え、そこから逃れえず狂人のごとくのたれうつばかり。こうしてこの小説は、必ずしも陰惨なものではないにもかかわらず、「見苦しく、のた打ち廻」る姿のなかに、言語を絶するどす黒い苦悶がうかがわれてくるのです。

 

しかし牧野信一はそのことを露悪的には描かない。あくまで基調は、隠者樽野の内心の平和と、彼を取り巻く困難な状況のコントラストにあります。そして状況が困難になればなるほど、樽野はいっそう内心の平和に留まろうとしますが、その葛藤が広がるにつれて、ストイックな態度を維持することが不可能になり、苦悶がかすかに顔を覗かせる。牧野信一はそのときにもユーモラスな筆遣いを失ってはいない。すなわち、騎士道物語に傾倒するドン・キホーテを描くセルバンテスの筆致が、そのユーモラスな眼差しによって騎士道物語に事実上の終焉を突き付けていたように、ストア派に傾倒する樽野を描く牧野信一の筆致は、ストア派の事実上の不可能性を、数々の対比のなかで示してみせているわけです。その意味で、樽野の読書暦を語る次の一節は物語るところが多い。

折も折、この頃の樽野の読書は、十年のプレトンを出でて、アリストートルの“Meta”に一歩を踏み入れたところであつた。彼は、時の隔りを忘れて、熟読に没頭する歴史の愛好家であつた。彼が始めて「混沌時代」の扉を開いて、次々の哲学者の門をラマンチアのドン・キホーテ的情熱で振り仰ぎながらプレトンに至るまで十年の旅路であつた。この勢ひで計算すると、彼の歴史研究は彼が百歳にならないと、近世の思想には達し得ないわけであつた。

十年をかけてプラトンを読み、アリストテレスの『形而上学』にようやく足を踏み入れた樽野(ということはストア派と評されながら彼自身ストア主義には辿り着いていないわけですが)は、ドン・キホーテ的情熱でそれに立ち向かう。彼が表しているのはその情熱ばかりではなくその滑稽味でさえあるわけです。

 

少し歴史的文脈のなかで考えてみましょう。幻想的世界を描くことで牧野信一が行っているのは、プロレタリア文学の台頭に対する一つの応答であると言えます。しかしそれは単なる退行の素振りを示しているのではなく、それに追随できない自らの夢想的な惨めさを諧謔とともに描き出すことで、その敗北を逆説的に浮かびああらせるものであったわけです。実際、ストア的態度の困難の一端がこの短篇には現れているように思えます。より好戦的なストア主義ならばともかく(あるいは彼らにおいてさえ)、隠者的ストア主義は、基本的に「世界を変えるよりも、自らの心持ちを変えよ」という順応主義的な思想であり、自己の優位の保持と世界の変革の可能性をトレード・オフにしてしまうものです。変革というのは決してたやすいものではありませんからストア的態度は中々現実主義的ですらあるのですが、人々が街頭に立つ時代にあって、自分はそれに構わないままでいられるのかという問いは絶えず付きまとう。そしてペンを持つ芸術家(気質)の人間というのは、「帰着するところ大概ストア流」なのではないか? 殆ど前に進むことも後ろに進むこともできないがんじがらめのなかで、牧野信一は苦しんでいたのではないでしょうか。

 

作品のなかでは、それは時代のことというよりは母親の関係の問題として描かれています。債権者の追い立てが激しくなるにつれ、彼はストア的態度を貫徹させようとするのですが……

「我慢して仕事を始める――」樽野は、うつむいてゐる妻に云つた。「我慢? いや、それは取り消しだ。僕の想像では、追ひ立て! なんていふ場合ではなくて、吾々の家に、阿母さんが――しまつた、云ふまいと云つてゐながら自分がこれだ! 取り消し! ――僕は平気なんだよ、つまり――。何んな事件が起つたつて、平気だ! と思へば、平気ぢやないか、えゝ?」
などと樽野は、平気ばかりを繰り返してゐたが、肉体は平気の反対らしく、見る/\うちに血の気が失せて行つた。「あゝツ! 変だ/\、心持はこの通り平気なんだが――おや/\、煙草が手から落ちてしまつたぞ――いつもの発作が起つて来たらしい!」

何んな事件が起つたつて、平気だ! と思へば、平気ぢやないか」これはストア派の典型的なイメージに合致するものです。しかしながら、精神による肉体(情念)の統御を謳うストア派の理念に反して、ここでは肉体はどんどんと反逆の発作を起こして、彼を追い詰めてゆく。それから樽野が妻の助けを借りながら絶えず言葉を発しつづけることで精神を救おうとする態度は、あまりに滑稽であると同時に殆ど精神分析的な技法すら垣間見えるものです。

 

ここで強調したかったのは、自己の安寧を至上の追及課題とするがゆえに、ストイシズムは現実そのものに対する働きかけを行うことがないということです。より古代の原義に即したストイシズムにあってさえ、外界というものは、吟味の対象ではあれ、その克服は内面からなされるのであり、直接的行為によって変革されることはない。それゆえにこそ彼らは、奴隷であっても十分に自由でありうるということができたのです。

 

しかし現実が絶えず問いを突き付けてくるなかにあって、内心の平和をのみ求める態度は矛盾を来たしてこざるをえない。ストイシズムの(内心の)栄光と(現実の)悲惨は、ここにあると言えるのではないでしょうか。そして牧野信一は「村のストア派」のなかで、その矛盾をきわめて巧みに描いてみせているのだと思われます。

 

最後に、樽野の矛盾が最も極まっている場面を取り上げておきたいと思います。彼は自分が「思慮を欠き、判断を失つて、寝てゐるわけにも行かなくなると」部屋の隅に作った祭壇に跪き祈りをするというちょっと奇妙な習慣を持っています。そこには聖母像が飾ってあり、また月明りの宵には「ランプの祭り」という異国の旧習にならって、アポロに祈りをささげるということもしています。しかしアポロは母親から自分を救うようなことは言ってくれない。

 樽野のアポロは、樽野に、母のゐる市まちを去れ! とは云はなかつた。そして、同じ市に居て、母の老ひの日が来るのを待たなければならない、零落の杖をついて、汝の許に宿をもとめに来るであらう母を、待たなければならない――と告げた。
 初めてこの言託を耳にした時には彼は、厭で、厭で! Pax のマリアにとりすがつて、アポロの残虐を訴へたり、あて度もない雲水の旅に恋ひ焦れたりしたが、もと/\人情の善、悪に関はりのない手前勝手だけが樽野の感情なのであるから、いつの間にか白々しくなつて、
「居れと云はるゝならば――」と、何んな人々もさうである通りに、跪いて、恭々しく、絶対の命令に服した。

アポロは、母親のいる市街を去れとは言わず、ただ母が老い自らのもとに宿を求める日まで待っていよという神託を告げます。それを不満に思った彼は聖母マリアに上訴(?)しますが、聞き入れられない。結局彼は絶対の命令に服して、母親から逃れることを諦めてしまう。

 

この場面はなりふり構わぬものになってしまっている点で樽野の内心の苦境を直截に表していますが、それ以上に極まった矛盾は、母親から逃れようとして祈りを捧げる祭壇に、聖母マリアという母性を代表する像が置かれていることにあります。母親を嫌悪しながら母性への崇拝そのものを忘れることはできない。樽野の最大のアンビヴァレンスがここに現れているのではないでしょうか。そして彼は妻や友人らと転々としながら母親の磁場からは逃げられず、その牢獄のなかでストア派でありつづける。母性の檻から抜け出すことはできないでいるのです。