いちごパンツをもう一度

ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)という映画がある。悪趣味鬱映画で有名な監督ラース・フォン・トリアーの代表作の一つで、悪趣味さ(無慈悲さ、完全な無神論的傾向)で言えば『奇跡の海』に一歩譲るが、この作品はキャッチーで、歌手のビョークが主演ということもあって人気があり、人気がある分、多くのひとにいまなおショックを与えている(ぼくは高校くらいのときに観て、膝を噛んで泣いた)。日本では正月映画のような振れ込みで紹介された分、なおのこと年始早々憂鬱になったという話がある。

この映画のなかで、ビョーク演じるセルマは、弱視の移民で、息子との二人暮らしで苦しい生活をしているのだけれど、ひじょうに空想的な性格をしていて、心のなかではいつもミュージカル状態である。だからこれはミュージカル映画なのだけれど、ミュージカル映画のリアリティのなさ(なぜ突然登場人物たちが歌い踊りだすのか……『シェルブールの雨傘』とか『世界中がアイラブユー』参照)を逆手にとった作品で、リアリティが無いぶん、彼女の現実との対比が激しくなる。

確かその映画のなかで、彼女は親友の女性と映画館に行く。もちろん映画は見えないので、友達に、彼らがいまどういうシーンにいるのかを教えてもらわなければならない(確か、カミュの『最初の人間』にもそういう場面があったね。息子とおばあちゃんで)。それで、確か彼女は最後まで映画を鑑賞することなしに映画館を去る。その理由は、もし最後まで観てしまったら、空想の余地がなくなってしまうけれども、その前に立ち去ってしまえば、その映画は私のなかで生きつづけて、空想の糧になるからだと彼女は言う。

徹頭徹尾空想的な彼女にとって、ひとの創作物であっても自らの空想の糧になる。いまにして思えば、それは監督からの「この映画、最後まで観たら後悔するぞ」というメッセージだったのかもしれないけれど。

 

前置きが長くなったけれども、『いちご100%』の話である。

作者、河下水希、連載時期2002年から2005年。掲載誌は週刊少年ジャンプ。21世紀のラブコメと言えば、やはりこれを措いては語れないのではないかと思う。

思うに、少年ジャンプは中高生が一番読む雑誌だから、それに掲載されている恋愛漫画は、青少年の情操教育に大きな影響を及ぼす。それはたとえば同時期に掲載されていたサンデーの『ハヤテのごとく!』やマガジンの『涼風』とは少し違う、覇権雑誌ならではの責任がある。

いちいち昔のマンガの話はしないから、同世代がどういう風に受容していたか知らないが、あの時期『いちご100%』をまったく知らなかったということはまずありえないし、だいたいある程度は知っていたのではないか。それはいわば、青少年に共通する恋愛経験なのであって、西野つかさ東城綾か……みたいな思いに胸を焦がさずにはいられなかったはずだ(きっと)。

個人的には『いちご100%』より『I''s』のほうがレジェンドなのだけれど、『いちご100%』も、世代だったのでやはり読んでいた。リアルタイムじゃなかったかもしれないけど、うちに単行本もある。けどうちには最後の二巻くらいが欠けている。最後まで読まなかったのである。なぜか……なんとなく、というのが正直なところで、あまり少年マンガ自体から少し離れかけていたのと、後半の展開にそれほど惹かれなくなったから、と強いて言うなら言っておきたい。

おかげで、ぼくのなかではいまだに東城綾西野つかさか(まあそれ以外もいますけど)は決まっていない。というか、本誌組に先にネタバレされてしまって、えーっそうなの! 結末が分かっちゃったなら、もういいか……みたいに気落ちしてしまったのも読むのをやめた理由な気もする。だから、本当はどちらが選ばれるか知ってるけど、まあ知らないことにしておく。いまでもそれは空想の糧になる。

 

少年漫画の恋愛は構造的である。というと胡散臭いが、要するに類型的なので、たとえばヒロインの型というのはある程度決まっている。これをゼロ年代風に、データベース的であると言ってもいい。言わないほうがいいが。

いちご100%』は、主人公の名前が「真中」で、その真ん中をめぐって、東城綾西野つかさ北大路さつき、南野唯、という東西南北女の子がしつらえられている。基本的に東城か西野というのは既定路線なのだけれど、その脇を固めるように、外村美鈴や、端本ちなみ、向井こずえ、といったサブヒロインがいる。

主人公は映画好きの青年で、ある日学校の屋上でいちごパンツの謎の美少女に出会う。その子に映画的な興奮を覚えて(あの子をこういう角度で撮ったら、サイコーだろうなっ、みたいな)、探そうとするのだけれど、その子が落としたノートの名前のクラスメイト東城綾は、その美少女とは似ても似つかない、ひっつめ髪で、メガネのやぼたい子である。が、そのノートには彼女がひそかに書いている小説があって、真中はそれに感動する。一方美少女という線では、西野つかさがいて、ひょっとして彼女が例の美少女なのかと(見間違いようはないはずなのに……)思いつつ、真中は伝説的な告白をして、オッケーをもらう。

まあこれが作品の第一話で、あとは恋人で容姿端麗万能の西野か、恋人じゃないけど、自分の映画作りに協力してくれる東城(こっちだって容姿端麗万能だ)とあとその他(特に北大路)とのあいだで揺れる恋心である。

時間がないので、このヒロインをカテゴリー化することで今日は終わりにしたい。これが他のラブコメにどれくらい当てはまるかは、まあ気が向いたときにやろう。

 

東城綾……「本命型」この呼称は微妙かもしれないが、ラブコメにはだいたい「本命」がいる。主人公が最初から好きな女の子、がこれに当たり、しばしば連載スタート時点より以前から片思いしていることが多い(『I''s』の伊織、『とらドラ』だったらみのりん)。本命は、確かに本命なのだが、やや不遇で、これはマンガの力学というものが、元から好きなキャラよりは、新しく登場する女の子にどんどん惹かれてゆく傾向にあるということから説明されると思う。

西野つかさ……「襲来型」いや、使徒(©エヴァ)じゃないんだからというところだが、他に適当な呼称も思いつかない。本命で好きな子がいる主人公のもとに、突如現れるヒロイン。いくらかミステリアスで、エキセントリックで、主人公はだいたい翻弄されながらそれに惹かれてゆく。登場シーンで、しばしば本当に襲来する(空から落ちてくる等)。『Kanon』なら月宮あゆ、『ニセコイ』なら千棘、『うる星やつら』なら言わずと知れたラムちゃんである。

北大路さつき……「お色気型」? もうちょっとまともな類型があるかもしれないが、北大路は要するにお色気要員なので、まあ本質は突いていると言える。この手のヒロインに勝つ見込みはない。読者人気は高いかもしれないが、本命型や襲来型の持つ羞恥心みたいなものがないと、だいたい勝てないものである。北大路は積極的すぎて、練習でいいからワンチャンやっちゃおーぜと誘ってしまう。捨て鉢ではいけない。

南野唯……「妹型」。本当は妹じゃなくて幼馴染だけど。『シスタープリンセス』を生んだゼロ年代前半は妹全盛期だったので、本来的に妹の持つ勝算は高いということになるのだけれど、ラブコメもののように色んなヒロインが出てくる作品で、妹型が勝利する例は、まずなかったのではないか。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』みたいな、例外的な作品を除けば……。そういえばこの記事は【ネタバレ注意】ワイ、いちご100%を読んで寝れなくなる : 暇人\(^o^)/速報 - ライブドアブログに触発されて書いているのだけれど、ここに

150: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/01/04(月) 05:46:46.65 id:GrH2IWhj0.net
東好き→ネクラキモオタ
西好き→イケメンリア充
南好き→ロリコン
北好き→ヤリ目
これが結論じゃないっけ

とあって、まあ東と西のファン層はちょっと違うかもしれないけど、南好きがロリコンというのは間違ってないので、ぼくは割とこの子が好きだった気がする。その強みは、まあ要するに気心が知れているので、一緒に風呂だって入ったじゃーん! とか言えるところ。

外村美鈴……「サード・アイ型」中二っぽい呼称。この子は別に主人公のこと好きにならないけど、まあラブコメにはこういう第三者の視点から辛辣なことを言う子もよく登場する。主人公の疑似ハーレム状態をちょっと外から眺めていて、ちょっと批判的なことをいうけれども、案外主人公のことが好きだったりもする。『とらドラ』ならあーみん、『僕は友達が少ない』だと理科かなと思う。

端本ちなみ……「後輩型」「妹型」と「後輩型」はどう違うのかという話になるかもしれないが、学校を舞台にする恋愛漫画はだいたい途中で学年が変わるので、後輩が現れる。が妹は突然現れたりするものではない。そういう違いである。要するに、後輩はテコ入れ的な要素が強く、主人公に惚れて一気に落とそうとしたりして、その実はメインキャラたちの関係を再活性化させる手助けをしてしまうという、ちょっとかわいそうな役回りにあると言える。『気まぐれオレンジロード』の鮎川ひかるはこの辺では? あと八神いぶきもここでいいかな……。

向井こずえ……「テコ入れ型」(身もふたもない)あ、思い出した。そういえばこの子があんまり好きじゃなくて、『いちご100%』が自分のなかで失速した気がする。ゼロの者という成年漫画家がいて、いまは知らないけど昔かなり人気があったのだけど、こずえちゃんはやたらとゼロの者の絵柄に似ていて、それが話題になった記憶がある。テコ入れキャラ。それ以外でも以下でもないと思う。

 

というわけでこういう風に類型してみたいと思う。それから一つの命題。

「良いラブコメには本命が必要である。」

やっぱり本命の女の子がいると、別の女の子にアタックする(される)ときとかにワクワクするわけで、かつ、本命からその別の女の子に思いを徐々に移してゆくとき、青少年の心に初めて痛みが訪れるわけじゃないですか。そういう意味では、この命題はライトノベルによくある全面的ハーレム展開に対するアンチでなければならない。元から誰が好きみたいなのがなしで誰彼構わずいい顔をしていると、しまりがないというかね。

ニセコイ』がそろそろ完結するそうで、あれで言うと小野寺さんが本命型で、千棘のほうが襲来型、あとマリーがお色気型……? しかし色気は全くない。春ちゃんが後輩型、先生はテコ入れ型、こういう感じではないか。ああ、誠士郎……うーん、ぎりぎりサードアイ……違うか。サードアイは小野寺さんの友達のメガネの子だな。

ぼくは小野寺さんを応援しています。

赤ちゃんはどこから来るの?

つまりぼくらは非常に激しい環境破壊のただなかを生きているわけ。もし次の世代が生まれたとしたら、彼らはどう思うか。恨みに思うね。どうして自分たちをこれほど過酷な環境に産んだのか。でも、いま以上に地球環境を改善することはできない。人類は地球を使い潰して生きていくしかないから。だからぼくらのいますべきことは、後々の世代の苦労をなるべく軽減すべく、いまのうちに地球を完全破壊すること。そうすれば、人類最後の日を迎える責任は、ぼくたちか、まあ悪ければ次の世代に担われることになって、こういう因果が延々と続くこともない。だから、地球は使い潰す。子供は産むなら、なるべく苦労を背負わせない。これに尽きる。

こういう話を、高校に行く途中のキツい坂道の途上(上り(登校)か下り(下校)かは覚えていない)でしたことを覚えている。多くのひとが、くたばれと思ったのではないか。その気持ちを大切にしてほしい……

後の世代に苦行を負わせる覚悟ができたのか、それとも、地球環境を改善するための劇的方法を発見したのか、いまは子供を持つことにポジティヴである。それともそのいずれでもなく、川上未映子の小説の登場人物みたいに、「色々あるけど、こっちの世界もまあ悪くないわよ。はやく生まれてこい」と微温的なことを冗談めかして言う気になってしまったのか。

地球全体のことを考える視野は(別に高校生の時分にだってなかったが)消え失せた。いまは、それなりにエゴイスト的な理由から、子供が欲しいだけである。見てみたいから。それくらいかもしれない。エゴイスト的でない理由を挙げるとなると、兄上の交際に関して去年軽い騒動があったときに、思いのほか親父様が孫の姿を見たいらしいと知ったという、そういう要素もなくはない。

 

しかし、本当に欲しいか? 子供。たんに、「世間の幸せ像」みたいなものに流されてしまっているだけではないのか、という警戒心がある。

子供の何が恐ろしいか。まったくそれがどういう子供に育つか、想像がつかない。これである。

まあちょっとバカに育つくらいならよい、ぼくより明らかに賢く育つのでもけっこう、しかし性犯罪者には極力なってほしくない。バカみたいな男や女と付き合って、身を崩してほしくもない。というか将来的には14歳で初体験は当たり前! みたいな状況になっていたら(いまどうなっているのかは知らない)、全力で止めたい。『コドモのコドモ』は映画館で観るだけにしたい。たとえば娘なら、できれば大学生くらいまでは清く正しい男女交際に留めてくれ、頼む……。

マンガとかだと、ちょっと心配焼きなお父さんが、「そうか……ウチへ連れてきなさい」と言って彼氏を呼ぶのが定番パターンで(『君に届け』みたいな。でも風早くんが来るならいいや)、だいたいギャグ扱いだけども、まじめに父親の身に立ってみれば、まことに恐ろしい。深夜にドンキに行くようなヤンキータイプだったら絶対追放する。

下らない妄想で済みませんが、これどうやって覚悟すればいいのか。息子は、そういう意味では楽だな……でもなんで楽なんだろう。息子、バカっぽいもんな。

はてブとかでは、ちょっと過干渉気味な父親が現れると、コメントで総叩きになって、「あなたが勝手に思い描く幸せは子供さんの幸せではありません。このブログをプリントアウトして病院行ってください」で終わるに違いない。だが待ってほしい。あの子が産まれたとき(産まれてません)、この子の幸せこそが俺の幸せだと確かに思ったんだ……逆もまた然り(然りません)。

 

子は、予測不可能な可能性である。親子の関係は、因果関係ではまったくない。親から、どういう子が生まれてくるかは、これはまったく分からない。それなら、親は子に責任を負わないはずである。子は個であって、親とはまったく別の存在であってみれば。ところが、そうはいかないのが、恐ろしいのである。

坂口安吾が、「不良少年とキリスト」で、こう書いている。

人間は、決して、親の子ではない。キリストと同じように、みんな牛小屋か便所の中かなんかに生まれているのである。

親がなくとも、子が育つ。ウソです。

親があっても、子が育つんだ。親なんて、バカな奴が、人間づらして、親づらして、腹がふくれて、にわかに慌てゝ、親らしくなりやがった出来損いが、動物とも人間ともつかない変テコリンな憐れみをかけて、陰にこもって子供を育てやがる。親がなきゃ、子供は、もっと、立派に育つよ。(「不良少年とキリスト」)

 これは、ちょっとすごい。太宰治を追悼する文章のタイトルは、ここから来ている。子はみな、キリストと同じように、親がなくとも勝手に育つ。それを、変に親や家柄のことばかり気にして、それに振り回され、自分が貴族だの没落だのを言いたがる太宰は、不良少年にすぎない。

だから安吾のほうは(彼の親も土地の大名士だが)、キリストと同じ、親からではなしに、勝手に生まれてくる、と言う。親なんてむしろ邪魔ものなんだから、「親はあっても、子は育つ」。とすると、赤ん坊はどこからも来ない。それは無からやってくる、と言わねばならない。エクス・ニヒロ。

 

まあ、そう簡単にはいきはしない。ぼくがこの安吾の文章に注意を寄せられたのは、柄谷行人が『倫理21』の第一章「親の責任を問う日本の特殊性」で引いていたからである。

柄谷は、日本のように、子の責任を親が背負い、ひいては「引責自殺」まで要求されるに至るのは、おかしい、という至極もっともなことを言っている。親が子を尊重するなら、子の責任を親が背負うのではいけない。親は親、子は子と割り切るところが、個の自由を認めることの始まりであり、倫理の問いの始まりである。まあ、映画の『悪人』の樹木希林なんかは、たいへん日本的な人物だと言える。

これを読んだとき、なんとまっとうなことを言うのかという驚きと、思いのほか、俗流日本社会論みたいなことを言うのだなという驚きを感じたことがある。いま思えば、その二年後には『日本精神分析』も出版するし、まだ特殊(日本)を論じることで、普遍(世界共和国)に通じる、という態度を採っていた頃であり、また特殊(文芸批評)を論じることで、普遍(社会一般)を論じうる、という態度を柄谷氏が保持していた時期だから、それほどおかしくもないのだけれど。この章での、円地文子の小説『食卓のない家』の引用が、ぼくは好き*1

 

親の意志と子の意志はまったく噛み合わない。子はよく、産んでほしいなんて頼んでなかった! と言うけれども(言うのか?)、親だって、別にそのまさしくお前を産もうとは思っていない。

出産というのは、ギャンブルの要素が大きすぎる。と思う。賭けだから、自由意志が効かない。たとえば、受精の瞬間を考えたまえよ。子をなすために、何度か性行為をするとして、どれが当たりかわからないじゃないか。ひと月、ふた月、経ってみないと、答えはわからない。

それで、これが神様のご意志にお任せしますというなら、それでもいいが、それなら全部委ねたいので、性行為する必要なんかない、いっそ、コウノトリが連れてきてくれればいいじゃないか。

自由意志と、運命の混合物。それが子供で、どういうのが出来上がるのも、その混合の配分次第で、それが恐怖。

だから、自我、意志、欲望を描こうとする近代文学の挫折は、だいたい子供を前にして現れるものである。『舞姫』で近代的自我が挫折するのは、その自我ではなんともならなかった、子供ではないか。『太陽の季節』だって、けっきょくは英子が孕んで挫折である。昔読んで(その馬鹿げ具合が)好きな小説に石川達三の『青春の蹉跌』があるが、それだってやっぱりそうである。

それが、自同律の不快だというのである。

 

埴谷雄高の小説『死霊』で、高志という登場人物が、次のように言うという話である。

人間が、正真正銘の自由意志でなしうることは、二つしかない。

一つは、何か。自殺である。

これは察知できよう。生きることは、もっぱら意のままにならないものであるから、それを終らせることに、自由意志の現れがある。

ところで、では、始まりはどうか。我々はもちろん、自分で生まれることを選んでこの世に現れたわけではないから、自分で自分を始めることは、自由意志の埒外である。

では、子を産むこと、新しい命を始めることはどうか。こんなもの、決して自由意志でなしうることではない。そのことはここまでつらつらと書いてきたかぎりである。

だから、二つめは、こうである、と高志は言う。子供を作らないこと。これが正真正銘の自由意志の発露である。

 ――まだほかに何か私達が自由意志で振舞えるのでしょうか?
――それが、できるのだ。まだお前は若過ぎて解らぬのだが、敢えていってしまえば、それは子供をつくらぬことなのだ……。

 

まあ、なるべくなら、親なんて「親らしくなりやがった出来損い」に過ぎないと、知っておくのがよい。出来損ないなら、得意分野である。度重なる破損より。

*1:『ゲンロン1』の討論で、東浩紀はかなり必死に柄谷行人(と彼が代表する批評のパラダイム)を批判しようとして、しまいには柄谷はずっと「父になれないぼく」をテーマに評論を書いていたのだと精神分析的に論じている。あまり好ましくない言い分だと思うが、こういう章を読むと、やはり父子関係というものが柄谷にとってもつ重要性は認めうるかもしれない。

小説はどこで読むの?

ウラジーミル・ナボコフは『文学講義』のなかで次のように書いている。

小説の質を試すのにいい処方箋は、結局のところ、詩の正確さと科学の直感とを結び合わせることだ。芸術の魔法にどっぷりと身を浸すために、賢明な読者は天才の作品を心や頭で読まず、背筋で読む。たとえ読むあいだ、少々超然とし、少々私心を離れていなくてはならないとしても、秘密を告げるあのぞくぞくとした感覚が立ち現れるのは、まさにこの背筋においてなのである。かくして、官能的でかつ知的でもある喜びを感じながら、わたしたちは芸術家がトランプ札で城を築くのを見まもり、そのカードのお城が美しい鋼とガラスの城に変貌してゆくさまを見つめる。

賢明な読者は天才の作品を心や頭で読まず、背筋で読む。大事なことなので二回言いはしたが、では心、頭、背筋で読む読み方は、それぞれどう違うのか。

心で読むのは、情動的な読み方、これが好き、あいつが嫌い、そういう反応をモロにあらわにしながら読む仕方だと考えてよいだろう。より高尚になれば、それは詩情でものをとらえる仕方であると言える。頭で読むのは、知的な読みで、作品をより分析的に捉え、主題や構成を掴もうとする。これはより明晰で、人称を離れた冷めた見方が要求される。

後者は、よりナボコフ的な理想に近い気もする。ナボコフは再読こそが読書であると言って、一度読んだあとで、小説世界の全体地図を作り上げたうえで、もう一度読むように奨励している。

だが、頭「だけ」で読むのであれば、小説の世界に入り込んでいくことはできない。芸術の世界に「どっぷりと身を浸す」ためには、より身体的な読書が必要になる、と言わねばならない(これが一般に言う知情意logos, pathos, ethosに相当するとすれば、背筋はethosということになるがどうか)。

背筋で読む、というのは、読んでいるうちに、だんだんと背筋がピンと伸びて、だんだんと電流が流れるように、しびれる、ぞくぞくとした感覚に身を委ねてゆく。そういう読み方であると思う。それは、知的な世界から、ふたたび情意へ、しかし知によって高められた情意へと回帰する仕方ではないか。

「良い読者と良い作者」と題されたこの文章で、ナボコフは、けっこう重い課題を読者に要求しているわけである。良い作者は相当苦労しているのだから、読者も、少なくとも良い読者であろうとするのであれば、それ相応の努力をしなければならない。

そのことを、彼は登山の比喩で説明している。作者が這う這うの体で登る小説の高みを共有するためには、読者も同じように山に登らねばならない。しかし、もし山頂部まで到達すれば、そこから眺められるのは、何ものにも代えがたい光景に他ならない。

 

情で読む読書から逃れるのは、ちょっと難しい。

思うに、娯楽に身を任せすぎた人間ほど、情緒的で、本能的な読み方から脱却できないでいる。娯楽というものは、もっぱら読者大衆の欲望に迎合するような作品を作るもので、それを見事に裏切るものだけが、娯楽という名では片づけられない、芸術の領域に入ってゆく。

たとえば、君、「太陽の季節」をどう読みますか?

 

この小説は、単なる暴走する若者を描いているのではない、というエクスキューズに、語り手による絵解きのような箇所があって、たとえばこのあいだ引用した箇所がそうである。

人々が彼等を非難する土台となす大人達のモラルこそ、実は彼等が激しく嫌悪し、無意識に壊そうとしているものなのだ。彼等は徳と言うものの味気無さと退屈さをいやと言う程知っている。大人達が拡げたと思った世界は、実際には逆に狭められているのだ。彼等はもっと開けっ拡げた生々しい世界を要求する。一体、人間の生のままの感情を、いちいち物に見たてて測るやり方を誰が最初にやり出したのだ。(「太陽の季節」)

語り手はこうして、描き出された若者たちに完全に迎合することなく、この「大人達」に対する代弁者のような役割を果たしている。ところで、その文体的な特徴として、「~だろうか」の頻出を挙げることができる。たとえば、こう。

目を開いた彼女を眺める竜哉の眼差には、試合での強敵に対する一種敬意と親愛の情があった。敗れた自分を覚った時彼を襲ったのは、試合で遭遇した強敵に対しもう一度ぶつかり直して行こうと言う、いわば復讐への喜びと感動であった。が所詮復讐の情愛は残忍な喜びに変るものではないだろうか。何故彼は、最初英子を抱き上げた時の、あの未知の喜びを大切しなかったのだろうか。(同)

太陽の季節」は、ひとの愛し方を知らない竜哉の不器用すぎた恋愛を描いたような作品で、ここで語り手の言う「残忍な喜び」に変わった復讐の情愛が、彼と英子の関係を悲劇に導いていくわけですが、ここで語り手は、「だろうか」「だろうか」と二度続ける。

この「だろうか」は、時には語り手自らによって答えを与えられるばあいもあれば、そのまま虚空に漂う、宛先のない問いかけに終わる場合もある。そういう場合、語り手自らが、竜哉や英子の経験をもとに、自らの人生を測りなおそうとする、そういう意志がしばしば感じられる。

この語り手の位置が、実はこの小説において主役のような場であって、作品世界における粗暴さをいくらかなりとも償っているような気がする。

バック・トゥ・ザ・フィフティーズ。太陽の季節

西暦なんていうものにたいした意味はなく、ましてやそれを十年単位でくくって、ゼロ年代とか、テン年代とか、そういう単位があるかのように考えることには、ますますもって意味がない。

日本の現役革命家に外山恒一というひとがいて、その思想はぼくの理解に及ぶところではないけれども、著書はけっこう面白い。『青いムーブメント―まったく新しい80年代史』(彩流社、2008年)という本は、80年代本と銘打ってはいるけれども、著書のなかで、こういう括りは、実は不適当なのだと主張している(なら書名も貫き通せばよいのにね)。本当に重要なのは、70年を中心とする前後十年間(65-75年)、80年を中心とする前後十年間(75-85年)なのだと。根拠はよく覚えていない。にしても、まあ、世代論なんて適当なものさね。

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ものみな文にあこがれて

自分の文章はわりに好きな方です。冗長で、論理性に欠ける文章だとは思いますが、それは知性の問題であって文章の罪ではありません。むしろフェティッシュであると言っていいくらい文章には愛着があって、たとえば一度ブログなどに文章を投稿すると、そのあと読み直すのは十度や二十度では足りないほど。そこにはもちろん、反応ないかなという期待も交じっているのですが。

読み返しているうちに、段々と修正したい部分も現れてきます。たとえば昨日の投稿であると、まず出だしから良くない。

『青ひげ』という民話がある。シャルル・ペローによるもので、実在の人物であるジル・ド・レやアンリ八世をモデルにしたのではないかという説がある。

「がある」「がある」と二度続いていて、とても美しいとは言えない。それから、自分の文の特色として、「~というものがあって(があるが)、……である」というのが比較的続きやすいことにも気付かされます。何か知っている余計な知識を小出しにして、それを深めず、同じ文のなかで完結させてしまう傾向があるのではないか、と思って、反省したりするわけです。

こういう瑕疵は、訂正することもあれば、しないこともあります。昨日は、読み返すうちに、読むたびに感ずる不満が一種の自虐的な嗜癖になって、いっそ直さないほうが快感であるという結論が出たので、そのままにしてあるわけです。

七つ目の扉が開かれ、三人の前妻が現れる。しかも、彼女らは生きている。

これは、「しかも」よりも「しかし」の方が、文章の接続からして明らかに良く、よほど直そうかとも思いましたが、時には曖昧な表現が残っていても、良いかなと思うこともあります。

もちろん、誤字のたぐいは直ちに訂正しなければなりません。一度書き上げて投稿したあと、ぼくは何度も読み返しますので、基本的に誤字はしません。逆に、誤字を多くしてのさばらせているひとをみると、一寸信じられない思いがする。読み返さないのでしょうか?

こういったわけですから、ぼくには伝えるべき文章術というものはありません。あるとすれば、なるべくたくさん読み返すのが良いのではないか、これだけです。といって、それで改善するか否かは保証の限りではありませんが。

 

文は人を表すとはよく言ったものです。絵を描かずに生きるひとはいます、映像を撮らずに生きるひとはいますが、文を書かずに生きるひとは、中々いない。そして、文章はあらかじめは存在しない自分のかたちをかたちにするための、もっともすぐれた手段ですから、多くのひとが、できるならば良い文章を書きたいと望むのは、まったくもっともなことです。(本当なら、筆跡も素晴らしいと尚のことよいのですが、ぼくはこれはひどいです。読めたものではありません。インターネットのおかげで直筆を揮う機会が減って良かったなと思っています)

新年から、いくつか文章改善法的なブログが上がっていることを見受けました。

僕が文章をうまく書けない2つの原因 ー要件を言おうか

このブログでは、文章の筋道を予め考えていないことと、集中力が持続しないことを「うまく書けない原因」に挙げて、対策を講じています。

ブコメに色々とアドバイスがありますが、「結論→その理由説明」型が良いとか、「論点→論拠→結論」型が良いとか、けっこうバラバラです。前者は特に理系の論文作法ですね。

文章作法、文章読本といっても、媒体や読者によって、あるべき姿が変わってくるのは自然なことです。

ブログでは、言いたいことを予め提示する、論点を箇条書きにして整理する、最後に結論をつけるなど、情報伝達に重きを置いたプレゼン型の文章が一般に推奨されていると言えます。

……つまり、いま書いているこの文章の対極にある文章です!

ぼくとしては、改行しまくりなのに空疎なブログとか、サービス過剰になりすぎなブログよりは、顔の見えやすいブログが良いと思う。けれど、自分がウェブの膨大な情報量に直面するとき、厳しい取捨選択のなかで、一々零細ブログの駄文を丹念に読んでいられないのも事実。

WEBという短文文化でまともなものを提示することの難しさと、単行本収益のヤバさ

という増田記事もあって、これは印象論じゃないかと反駁されているようですが、web社会はやはり短文文化ですね。なるほど、ぼくがこの頃更新されるたびに読むようにしている人気ブログはEverything you've ever Dreamedで、これはそこそこまとまりのある文章ですが、やはり余程の文章力に恵まれたひとのもの。

ぼくもできれば様々な文章実験をしてみたいと思っていますので、「~を……すべきたった○○の理由」とか、いつか書きたいと思っています!

「読書」の方法と「文章力」を考える、2015年に読んだ8冊の本 - ぐるりみち。

このブログは、バランス良いですね。要点絞って、情報伝達して、できればアフィリエイトに誘導したいという欲望があって、それが良いと思います。

 

もしブログで食べていくとか、マネタイズしたいのであれば、こういった努力は不可欠だと思います。しかし、一銭にならなくても、ひとは文章を書きたいという欲望に駆られることがある。それは、文章を書くということが、ある意味では精神修養にも似ているからだと思います。一塊の段落は、そのひとの呼吸のテンポを表してもいる。だから、みだりに改行するのは、ちょっと抵抗があったりする。

新年早々はてなブログでは、あまりに「ブログでいくら稼ぎました!」的な話が多い……ちょっと即物的すぎやしますまいか。もっと、新年の抱負とか語っちゃうのでも良いのではないか。そんな気がします。

文章を書くのは、それがもっぱら心の糧になるからです。文章を読むのも、同じ。できるだけ、穏やかな文章を読んだりしたいものです。

そう、できれば大家の文章が良い。2016年、遂に谷崎潤一郎の文がパブリック・ドメインになりました。

青空文庫に谷崎潤一郎「春琴抄」、江戸川乱歩「二銭銅貨」など登場

まだ『春琴抄』くらいですけど(これはとても良いものですけど)、これからたくさん読めるようになることを期待しています。大谷崎の文章は、心を洗います。

なんと同じタイミングで、高野文子さんが「陰翳礼讃」に絵を添えていて、これも、とても、良い。

マンガアンソロジー 谷崎万華鏡

角川ソフィア文庫などで出ている『陰影礼讃』、お読みの方はご存知と思いますが、表題作自体は短くて、他にいくつかのエッセイが入っています。「現代口語文の欠点について」など、『文章読本』以外にも、作家の試行錯誤の跡がみられて、たいへん興味深いです。個人的には、「客ぎらい」という文で、猫のしっぽを生やす谷崎翁が、かわいい。

「陰影礼讃」の跋文で、谷崎氏は、突然、奈良の「柿の葉鮨」を強力にプッシュします。あれで中々、食ブロガーの先駆けみたいなところのあるひとですから(嘘)、多くのひとが涎を垂らして、食べてみたいと思ったに違いありません。

ところが谷崎氏も、「旅のいろいろ」という文では、自分の影響力をちょっと惧れて、好きなものや好きな場所はなるべく教えないようにする、だって、みんながそこに詰めかけると困ったもので、店の心地よい応対も自然と変わってしまうものだから、と言っています。

ブロガー諸賢においては、もって戒めとすべし、ではないでしょうか。

 

 

……とか言いながら、ごめんなさい、これからぼくもamazonへのリンク貼ります。amazonの許可が降りたんだよーッ

陰翳礼讃 (角川ソフィア文庫)
谷崎 潤一郎
KADOKAWA/角川学芸出版 (2014-09-25)
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バルトーク・オペラ

『青ひげ』という民話がある。シャルル・ペローによるもので、実在の人物であるジル・ド・レやアンリ八世をモデルにしたのではないかという説がある。ミシェル・トゥルニエには『聖女ジャンヌと悪魔ジル』という作品があって、このジル・ド・レがどういう人物なのか、ジャンヌ・ダルクと交錯する生のなかで、うまく描いている。短いので読みやすい。

簡単に言うと、青ひげというのは、妻を結婚するたびに殺した殺人鬼で、新妻に部屋の鍵を渡したまま旅に出たあと、彼女が前妻たちの死体を発見したことに怒り、殺そうとする。ペロー版とグリム童話版で細部に違いはあるが、結局、新妻の親族が助けにきて、彼女は救われ、青ひげは殺される。

大量殺人鬼は、なぜ妻を殺したのか。彼は芯からのサディストで、愛と嗜虐を同一視するような人物だったのか。ジョルジュ・バタイユを始めとして、多くのひとがこの人物に魅せられ、その心理を解明しようと試みている。ヘルムート・バルツというユング派の精神医学者に、『青髭―愛する女性を殺すとは? 』という著書があって、未読だが、確かに(多くの民話がそうであるように)精神分析的なテーマに満ちている。

 

ところが、台本ベラ・バラージュ、作曲ベラ・バルトークによる『青ひげ公の城』では、前妻たちは殺されない。先月パリのパレ・ガルニエにて、このハンガリー産のオペラが、クリストフ・ワリコフスキ演出のもとで上演されたとのこと。ぼくはそれをテレビで観たので、ここに観たことを記している。

特筆すべき点は、このバルトークのオペラが、ジャン・コクトーの脚本をプーランクが一幕ものにしたオペラ『人間の声』とセットになっている点である。本来ならば繋がりのない両作品を、両劇にコクトーの映画『美女と野獣』を挿入したりするなどして、対比的に際立たせようとしている。

コクトーの作品は、『声』という題で、マルグリット・デュラスの『アガタ』と一緒に渡辺守章訳で光文社古典新訳文庫に入っている。女性が電話先の男性に話しかけつづける、シンプルな劇だが、二人の関係の破綻の由来であるとか、果たして電話先の相手はいるのかとか、精神病理的な関心の深い作品である。ちなみに、今回のオペラでは結末は変わっている。

ただその話はすまい。肝心なのは、『青ひげ公の城』が男性の秘密を、『人間の声』が女性の秘密を少しずつ露わにしてゆく過程になっているということで、その奥には、当然のことながら、決して触れてはいけないものが隠れている。

 

先に述べたように、バルトークのオペラでは、青ひげは前妻を殺さない。ユディトというのが彼の新妻だが、それを演ずるエカテリーナ・グバノヴァは、率直に言うと不美人で、とても青ひげ公の犠牲になるような女性には見えない。どちらかと言うと、玉の輿に乗ってやってやったぜと息巻くアメリカのセレブ志向の女性のようですらある。

旦那のほうは、相当深刻である。愛に飢えているとしか思えないその男は、「何も聞かず、ただ愛してくれ」と懇願する。しかしユディトは好奇心を隠さず、城のなかで隠されている七つの部屋を見せるよう求める。

七つの部屋は、移動式のガラス部屋になっていて、それが一つずつ舞台に現れてくる。一つ目は拷問部屋、二つ目は武器庫といった、非常に暴力的な部屋。血が滴っており、恐怖を掻き立てる。三つ目の部屋は宝石部屋だが、これも血が。どうもどの部屋にも流血沙汰の臭いがする。四つ目は花園、五つ目は広大な領地、と、初めの陰惨さが徐々に和らぎ、美的なものに変容していくのがうかがわれる。初めの二部屋が彼の外面的な男性性であるとすれば、徐々に我々は彼の内面のなかに侵入してゆく。

それは幼少期の記憶への遡行でもある。「ごらん、これが私の領地だ、美しく、広大じゃないか」と言って青ひげが差し出すのは、スノードーム(ガラスの球体のなかに小さな建物やモミの木があって、揺らすと雪が舞い散る、あれ)である。傍らの映像では、彼の少年時代と思しき子供が、それに目を輝かせている。

六つ目は涙の湖。ここで舞台上に実際に子供が現れる。ユディトは恐怖をあらわにしているが、もはや引き返すことはできない。彼女は理解する、どうしてここにこれほど血があふれているのか、それはあなたが前妻たちを殺したからに違いない、噂は本当だったのだ……と。

七つ目の扉が開かれ、三人の前妻が現れる。しかも、彼女らは生きている。朝の女性、昼の女性、夕べの女性であると説明され、ユディト自身が、夜の女性になる。「もはや夜しかない……」と呟きながら、青ひげはスノードームを眺めている。

 

ここまで幼少期に遡行したのであるから、この前妻たちを母の形象であると捉えても、必ずしも誤りとはなるまい。記憶をガラス張りにして、すべてを覗き込んだ先には、殆ど幼児退行したような青ひげがいる。中々これをマザコンと言ってしまっては元も子もないのだが、あらゆる女性が母の投影で、しかもどれひとりとして母にはならないから、とっかえひっかえするような、そういう心境が表れているような気もする。

とはいえ、ここに母を見出すことには、それほどの魅力を感じない。それより、なぜペローの原作では前妻たちを殺して、バルトークのオペラでは殺さないか、これが気になって仕方がないのである。なるほど、コレクション的欲望(それは七つの部屋の一つ一つに顕著である)が非常に小児的で、女性をもコレクションの対象として捉える変態心理であるともいえるが、だとするとぼくはむしろその変態心理は非常に普遍的なものだと思わざるをえない。

記憶のなかには、いつも過去の恋人の面影が生きている(男でも女でもよい)。ユディトの姿は、ぼくには玉の輿セレブに見えるが、彼女も彼女なりに青ひげを心から愛しているに違いない。そして彼女は彼が自分だけを愛していることを願ってやまない。そのような一対一の関係に、秘密などあってよいだろうか。いやよくない。いや実はよいのである。もしその秘密をのぞこうとすれば、あらわになるのは、恋愛の不可能性である。過去は殺されるものではなく、どれだけ抑圧されても、絶対に生きている。青ひげはそれを神経症的に抱えた人物であり、陰気な城を晴れやかにして彼を救えるのは自分に他ならないとユディトは信じているようだが、そうではない。それは誰にも救いえないものである。

「牧野さんの祭典によせて」「牧野さんの死」「オモチャ箱」--牧野信一と坂口安吾(3・終)

二か月ほど前、「風博士」と「勉強記」――牧野信一と坂口安吾(1)および「ピエロ伝道者」と「FARCEに就て」――牧野信一と坂口安吾(2)を書きながら、生を肯定する思想に触れたかったのです。

坂口安吾が生の肯定者であること、これはたとえば「堕落論」の読者にとっては自明のことだと思います。先日、新潮文庫版の『堕落論』を読んでいたところ、「生きる事は実に唯一の不思議である」という文句を含む段落に差し掛かって、何やら涙が出るほどでした。戦時中に美しく散華することや、清楚さを留めた少女のままに死ぬこと、そういった純粋主義を躊躇なく「美しい」と言いながら、なお、美の「後」=堕落を生きることを肯定する。その力強い文言に、どれほど助けられることでしょうか。安吾は戦後という「後」を生きるためにこの文章を綴りましたが、それにかぎらず「後」の時代を生きるものにとって、つまりは我々にとって、いまなお「堕落論」はシンプルでかつ説得力があります。

そういう安吾は、同時代のほかの作家に対する人物評を書かせると、各段にうまいという美点を持っています。とりわけ有名なのは、太宰治の死に寄せた「不良少年とキリスト」と、小林秀雄について書いた「教祖の文学」でしょう。太宰治はご存知のとおり、1948年に玉川上水でサッチャンと呼ばれていた女の子と入水自殺してしまう。それを悼む安吾の文は、愛情に満ちており、また、痛烈です。

人間は生きることが、全部である。死ねば、なくなる。名声だの、芸術は長し、バカバカしい。私は、ユーレイはキライだよ。死んでも、生きてるなんて、そんなユーレイはキライだよ。

一方、小林秀雄については、彼の生きているうちに書かれたものですが、一種批評の達人、文学の教祖の立場にまで成った小林が、型ばかり求め、生きた人間(つまり作家)に背を向けたと言って、批判しています。

文学は生きることだよ。見ることではないのだ。生きるといふことは必ずしも行ふということでなくともよいかも知れぬ。書斎の中に閉ぢこもつてゐてもよい。然し作家はともかく生きる人間の退ツ引きならぬギリギリの相を見つめ自分の仮面を一枚ずつはぎとつて行く苦痛に身をひそめてそこから人間の詩を歌ひだすのでなければダメだ。生きる人間を締めだした文学などがあるものではない。

いずれもはっきりとしているのは、彼が「生きる」ことを絶対において、その五十年そこらの生に、何をなしうるのかと考えたときに、「生きる時間を、生きぬく」、そういう決意でもって向き合っているということです。それゆえ、生きることを放棄したものに対して、彼は苛烈です。安吾と太宰は、無頼派といって、戦後すぐの文学の旗手となりましたから、「後」を一身に生きることにした彼にとって、それを放棄して死んでしまった太宰に対しては、許せないという思いもあったのではないかと思います。

 

さて、牧野信一。彼もまた、自殺をしてしまった。まだ戦前の、1936年のことです。安吾と牧野の初対面が32年のことですから、彼らの繋がりは五年かそこらしかなかったことになります。その間の経緯については、牧野さんの死という文章に詳しいですから、そちらを読んでくださればと思います。この時期彼は、小説が書けず、方々に転居し、家庭ではトラブルが絶えず、妻は家出し、牧野は独り生家の小田原に帰る。安吾との間にも、お互いの創作をめぐって諍いがあったらしく、三年近く付き合いの途切れていたのが、憂鬱の増せば増すだに、呼び出さざるを得ない。そういうせつない晩年だったということです。

牧野氏の「村のストア派」について「隠者のストア主義――牧野信一「村のストア派」(1)」と「ストイシズムの栄光と悲惨――牧野信一「村のストア派」を読む(2)」で書いたとき、大まかに描かれた図式は、内面的な空想の世界と、現実の峻厳さとのギャップが、作家のユーモアの基調になっている、ということでした。ストア派的な内面の自由が、身悶えしながら崩れてゆく、その過程こそがユーモラスに描かれていく。その意味で、牧野信一という作家は、空想の一時的な栄華を誇りつつも、現実に対する敗北を受け入れる準備を整えている、そのような作家であると受け取ったのでした。その意味で、彼の自殺というのは、そのあらかじめ予定されていた、現実に対する敗北の到来に他ならないと理解していたのです。

そのあとで坂口安吾について書いたのは、牧野信一と対比するかたちで、安吾が、現実と空想という二項対立を突き破り、空想的世界、欲望の表現であるような世界を、そのまま一個の現実として肯定して、分け隔てない、そのような作家として、牧野と一線を画するのではないかと考えたからです。そのどちらが秀でているという話ではないにせよ、牧野にとっては敗北でしかない現実が、安吾にとっては夢の一つの姿でしかない、そこに牧野が死に、安吾が生きる、大きな選択の違いというものがあったのではないかと思います。

では、安吾は、牧野信一の死についてどう言っていたか。そのことでもって、この二人の作家を並べて考えてみることの締め括りにしたいと思います。

 

 死の直後に書かれた文章に、「牧野さんの祭典によせて」と「牧野さんの死」(いずれも36年)があります。前者は瞬発的に書かれたごく短い文で、後者はそれをもう少し敷衍したもの。いずれも趣旨に変わりはなく、人生と夢を二つ並べたうえで、彼の死は、人生が夢を殺したというものではなく、「夢が人生を殺したのである」と、そう述べてあります。

牧野さんは人生を夢に変へた作家である。彼の最大の夢は文学であり、我々にとつて人生と呼ばれるものが彼にとつては文学の従者となり、そのための特殊の設計を受けなければならなくなる。彼自身はいつぱし人生を生きてゐた気で、実は彼の文学を生き、特殊の設計を受けた人生をしかも自らは気附かずして生きてゐた。彼の自殺すら、自らは気附かざる「自己の文学」に「復帰」した使徒の行為であつたのだらう。

これを読み、少しぼくは驚きました。空想=夢、現実=人生とすると、ぼくが書いたことと反対の意見を安吾は言う。ぼくは、空想のなかでの短い栄華の終りに、人生が彼を予定通りに片付けてしまったという風に考えましたが、安吾は、このような終焉こそが、牧野が文学に求めた祭典の完結であると考える。それはむしろ、文学の勝利なのである、と。

しかし、よくよく考えてみると、これは必ずしも異なったことを言っているのではないかもしれません。現実に対する空想の敗北を予言のように見越しているということは、現実をすでに空想の一部としてプログラムしているということに他なりません。そのかぎりでは、空想の敗北は、空想自らに巧まれたものとして、空想の最終的な勝利をこそ、証立てているのかもしれない。

しかしぼくは、そう言ってしまうことに抵抗があります。私小説の作家が、人生を作品(夢)にかたどって作り出してゆくというのは確からしいかもしれません。けれども、死は死で、しょっぱいものであって、それを「明るい自殺よ。彼の自殺は祭典であつた」と言ってしまうのは、違うのではないか。

 

死後十年以上経った1947年、安吾牧野信一の死を小説にします。三枝庄吉というのが牧野信一で、栗栖按吉というのが(自伝的作品「勉強記」でも用いられていた)安吾です。それは「オモチャ箱」というタイトルの作品になりました。これは、とても素晴らしい。愛し・かつ・苛烈であります。

死後の追悼文が、牧野の死を文学の祭典としてポジティヴに捉えようとしていたのに対して、「オモチャ箱」では、彼の作品の変遷を見据えながら、自らの文学観も露わに、対決しているという感が強い。

この小説は、牧野の伝記、作家としての来歴を語るようなものになっています。庄吉=牧野は確かに夢や願望を描いた作家でした。「彼の小説の主人公はいつも彼自身である。彼は自分の生活をかく。然し現実の彼の生活ではなくて、かうなつて欲しい、かうなら良からうといふ小説を書く。」しかしそれはまったく現実と切り離された夢想空想なのではありません。作家が現実を見通す目を、安吾は「鬼の目」と呼びます。そして牧野の夢想は、あくまで「地べた(=現実)に密着した鬼の目」を失わないままになされていたのでした。少なくともその最良の時期には。

ところが、その現実から目を逸らせて、自分で自分の過去の作品を讃嘆し模倣するようになれば、それはもはや「作品と現実との根柢的のバラバラ事件」である。

安吾はそれを許しえなかったと言えましょう。彼にとっては、夢は現実の一部です。

人間自身の存在が「現実」であるならば、現に其の人間によつて生み出される空想が、単に、形が無いからと言つて、なんで「現実」でないことがある。

と「FARCEに就て」のなかで言っていたように。ただただ現実から逃れることを選んだ夢想は、現実を「軽蔑黙殺」しようとするけれども、現実は否定しようとして仕切れるものではない。その結果が、妻の遁走であり、自身の神経衰弱であり、その果ての自殺であるとすれば、そこに「明るい自殺」など見れようもない。十年を挟んで、安吾牧野信一の死について、考えを改めたと言うべきです。

 

そしてその考えを改める切っ掛けになったであろうのが、牧野が遺した奥さんのことです。彼女は結局、メカケか売春婦か、そういう身分に身を落としてしまって、非常に零落した生を送ったと言います。

彼の鬼の目はそれぐらゐのことはチャンと見ぬいてゐた筈なのだが、彼は自分の女房は別のもの、女房は別もの、たゞ一人の女、彼のみぞ知る魂の女、そんなふうな埒もない夢想的見解にとらはれ、彼が死んでしまへば、女房なんて、メカケになるか売春婦になるか、大事な現実の根元を忘れ果てゝしまつてゐたのだ。
 庄吉よ、現にあなたの女房はさうなつてゐるのだ。

没後十年を経てのこの糾弾、とても重い。それは妻に対する裏切りであり、妻が愛した文学に対する裏切りでした。文学は、夢想であるがゆえに、現実を見つめるものでなければならない。この両者を、対立したものではなく跨ぎ超えてゆくところに安吾の文学の精髄があったとすれば、彼はその先駆者を牧野信一のなかに見出していたようなのです。

あなたの文学が、あなたの夢が、あなたのオモチャ箱が、この現実を冷酷に見つめて、そこに根を下して、育ち出発することを、なぜ忘れたのですか。現実は常にかく冷酷無慙であるけれども、そこからも、夢は育ち、オモチャ箱はつくれるものだ

 現実の冷酷無比を見、そこから逃れる夢想を育み、なお現実を見失わず、その矛盾をこそ人間と受け止める。安吾という作家の生の力は、この肯定の力にこそありました。そしてだからこそ、夢想から現実の根を失わせ、現実に起きた、そして起きるであろう悲惨から目を逸らした牧野に対しては、どうして、なぜ、と、やるせない叫びをあげずにいられなかったのです。

 

最後に、牧野信一が33年に書いた「「学生警鐘」と風」という小品だけ挙げておきたいと思います。

夜通しで風が吹きすさぶ日々、八度六分の熱に倒れた作家は、よしなしごとを回想しています。そのなかで彼は一人の知友を想う。風博士です。

僕の知友に、風博士といふ男がゐる。いつも、あかちやけた髪の毛をばさばさと額に垂して、太い太いステツキを突き、ひよろりとして、大いに威張り、歩き振りと云つたらまつたく風に乗つたやうな大胯で、その速いの何のといつて孫悟空のやうだ。

もちろん、安吾の31年のデビュー作「風博士」を指しています。安吾その人について書いているというよりは、その作品の登場人物である博士をいたく気に入り、自らの作品のなかにも登場させたのでしょう。このとき、安吾と牧野の関係は良好だったのか? そのことは分かりませんが、三年後にも牧野が世を去ることを思えば、その戯れも、ひどく寂しい思いがします。

風博士が、風が吹かないで困惑してゐる格構をおもふと、定めしイライラとして書斎の中を歩きまはつてゐるであらうと、お気の毒になつて、せめてこの窓からの景色なりとも写真にとつて送つてやりたいと思ふのだが、生憎く僕は風を映す手腕に恵まれてゐないのだ。荒唐無稽の中からじやうだんを創ることの焦噪は、凡そ無稽ではない命かぎりの研究であらう。

風博士は風を大事にしますから、今日この日の風を彼のもとに送ってやれれば、定めし喜ぶことに違いない。牧野はそのように考えてひとりで愉しんでいる。そして、「荒唐無稽の中からじやうだんを創る」とは何か。それはファルスの本懐であり、安吾と牧野に共通する、芸術創造のただなかの焦燥です。現実という荒唐無稽を目にして、そこから冗談(夢想)を作り上げるという作業、それは両者どちらかを捨てるのではなしに、現実からオモチャ箱を作るということに他ならないと、ぼくは思います。

そしてその作業自体は、決して無稽なものではなく、「命かぎりの研究」であった。牧野は、やはり敗れたのだと思います。人生に、そして芸術に。その研究に。そして命を散らした。しかしながら、彼の仕事は遺った。それは非常に良い仕事だったように思います。